話の要点はこうだ。
写真の、特に賞やコンテスト界隈に集まる写真の質の平坦さ、そして権威なりパワーが規定していく構造や言いっぱなしの評論などに彼らはこころをいためているという意思表明な訳だ。自己決定型のアートの文脈と構造決定型のアートの文脈で言うなら、自己決定型のアートは習作段階の羅列のようなものでもはや不毛というしかなく、写真の例えばスナップショットを巡る個人情報や肖像権問題などの新しい状況から写真の環境も変化しており、日本の写真を巡る環境はますます厳しくなっている、なんらかの構造に立ち返った方がいい、と言っているような気がした。もしそうなら、その通りだと思う。日本の自己決定は欧米の自己決定とは明らかに異質なものだ。自己責任を伴わない決定は、自己決定とは言わない。
写真が発展か消退のどちらかの方向に向いている、ということを前提にするなら、今回の話はとても説得力のある魅力的な話だった。しかし、ある意味でインフラ不在の構造である写真にとって、発展しているか消退しているかを規定することもまたできない。そんな流れの中でのこの宣言は有効なのか無効なのか、いったいこのメッセージは誰に届くことを期待しているのか、具体的な方法論で語られていた訳ではないので僕はどちらかというとまだ少し懐疑的に見ざるをえない気分でいる。写真分離派宣言の文脈を読み取ることを、写真の構造なき構造はするのか。してほしいとは思うが、今の写真の構造は多分行わないだろう。なぜなら、写真はここ日本ではそもそも構造をなしていないし、突き詰めれば写真に関わる本当に多くの人が、たとえばアーティストは自己の表現を小さなたこつぼ構造の中でぐるぐると自転車操業をしているにすぎないし、担い手もちょっと先の小さな利益だけをもくろんで構造の中に介在しているにすぎないからだ。アートの写真の小さな「面白さ(異質さ)」の発見にいつも莫大な注意が払われる一方で、写真の「面白くなさ(普通さ)」ばかりが無尽蔵に拡大している現状はどうにかならないか。写真がマーケットを含めた外部を循環することなく、閉鎖腔たるたこつぼにとどまったまま無意味な写真を生産し続け、朽ちても成り立っていくエコシステムを構築して安住している写真家や集団をたこつぼもろとも抹消できないか。写真アートとして語られる写真という構造の不毛をこれまでいくらでもmassとして話し合うことができたのに、話し合ってこなかったということではないか。写真というメディアアートを鏡に日本の美的空間の解釈と保全、海外への転写をこそしておけばよかったのに。しかもその構造的瑕疵を、基盤の崩落、教育インフラの不在として見つめていくべきだったのではないか。
写真が現代アートの一分野に自ら名乗り出て下野してしまった構造の中で、今いくら声高に叫んだところで写真は失なった陣地を挽回することはない。アルルでも見聞きしたが、従来の写真はその歴史的な流れの弱さや構造の弱さによって、あらかじめ敷かれたレールを進むがごとくその構造を現代アートのより強い構造に譲り渡してきたあるいはかすめ取られてしまったのだ。それは欧州であれアメリカであれ日本であれ、現代アートとのパワー闘争の前に「写真」というアートともメディアともつかない構造をあてたところで、すでに勝負は決まっていたという文脈なのかと思う。そもそも写真というのは、道具を経由する表現なのだから、その道具の他にない利便性故にアートの構造からみれば表現手段の一つとして落ち着かざるを得なかったのだ。スナップショットの瞬間の美学のみが写真のアートに対する優越性を保持はするものの、写真の真実性はもはやだれもそれを信じるものはなく、写真はふくれあがってはじけたポップコーンみたいにおおざっぱなバレルの底にバターにまみれて沈んでいるだけだ。そこにデジタルだのアナログだのの2次的構造を持ち込んで争ったり、画素数競争をあおるカメラ資本の幼稚なオタクゲームにのせられ、新写真文化がものすごい数の超然的にフラットな、カメラの高度に自動化された装置がなければ何も生み出せない連中を祭り上げたものだから、ある種構造の不在にいらだつ写真関係者の一部が立ち上がらざるを得なかった、というのが真だと思う。スーパーフラットが日本特有の地平だとしても、日本の写真は(欧米と比べて)取り返しのつかない陣地の喪失を経験してしまったし、その陣地は広大なものだ。その中心にぽつんと彼らがいるのであれば、いくら木村伊兵衛賞受賞作家たちであってもうまく行かないだろう。辺縁で中心のなさを心配顔でみている者たちを中心に集め、新しい構造をつくるか、新しい文化を構造する強さを呼び込むことが必要だと思う。その意味で今日「負け戦」(清水穣氏)を挑んだ人たちは果敢で貴重な存在だと確信している。
僕は分離派という人たちが新しい意味のある構造を生み出すことを願っている。フォトセセッションがアート写真の構造を作ったように、日本の今の社会構造をがらりと変えてしまう風を吹かせてほしい。写真のインフラを作る機運を完全に失う前に。もう目前だけど。国立写真大学とか、国立写真美術館とか、そもそも美術の基本教育に写真を組み込む努力とか。僕としても遠く神戸の地でささやかなエールを送りたい。
僕も実をいうと1963年生まれなのです。いらだっていますよ。そりゃもう。
