Event: 2009年5月アーカイブ

workshop090530.011.jpg明日「デジタル写真のワークフロー」というワークショップを開催します。

このワークショップでは、特に初心者に混乱の多いデジタル写真を構成するキーワードやデジタル画像のデータの仕組みをスライドショーで概説し、そのあとで実際にフィルムやデジタルデータを用いて出力まで行います。

画像データがどのようにして成り立っているか、解像度やJPEG圧縮の要点、解像度と出力サイズの関係などの概論と、スキャン、レタッチのコツなど高品位のプリントを得るために必要な基本的なステップがすべてわかる構成です。

初心者と中級者までのワークショップですが、これからも機会を見つけてシリーズ化する予定です。興味のある方はぜひご参加ください。


IMG_7819.jpg浅田政志さんのトークショーがTANTOTEMPOで開催されました。

新型インフルエンザをものともせず、お申し込みいただいたほとんどの方がTANTOTEMPOに来てくださいました。参加者全員マスク着用という、普段ではとても考えられないような状況、また狭いカフェ部分に椅子を並べ、後方にはスタンディングでご参加いただいた方も多数おられ、熱気でエアコンがフル回転するという状況での開催でした。まずはこのイベントに熱気を送ってくださった写真ファン、浅田さんのファン、そしてTANTOTEMPOにエールを送ってくださったすべての来廊者の方々にお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

実直で飾らない、これが浅田さんと初めてお会いしたときの印象でした。昨年の11月にTANTOTEMPOに来てくださったときのことです。その後、3月に木村伊兵衛写真賞を受賞され、数多くの写真展イベントをこなしていく中で、彼が今後どのような変化を遂げるのか、あるいはある種のスタイルを貫くのか、僕としてはとても注目をしています。僕たちは写真をイメージで見ているのだけれど、実のところイメージを通してそのイメージを作っている個性を見ているのだと思います。美しい整ったイメージを撮る写真家は本当にたくさんいるのですが、人となりまで見ているかというと実際はそうでもないことも多いと思います。僕は特にこの点に立って浅田さんを見ていました。

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トークショーは、おなじみの「浅田家」(赤々舎)という写真集に掲載されているイメージにまつわる裏話で始まりました。それぞれの演出がどのようにして形成されていくのかというプロセスが、家族と浅田さんとの関わり、浅田さんと写真という関わりで紹介されました。徹底して三重県で撮影されているというこのシリーズの主役・主題をあえて実の家族である父親、母親、兄という自己と切っても切り離せない「家族」にあてている理由が説明されていきました。きっかけが専門学校の卒業をかけた制作にあったこと、家族それぞれのキャラクターが作品すべてに及んで作用するように徹底して「演出」がなされていること、三重県でしかも自ら撮影場所を得るために苦労しながら交渉にあたっていることなどが紹介されました。こと撮影現場での家族にまつわるエピソードは、僕たちがイメージで見る範囲を超え生々しく鮮烈で面白いものでした。ギャラリーは、たびたび大きな笑いに包まれ、瞬く間になにかしらその「笑い」を共有したものにしかわからない一体感に包まれていきました。

実はこの一体感あふれる「笑い」こそ、これらの「演出」写真に絶妙なLIVE感を与えている原動力になっているのだと思います。「家族」という誰もが経験する生活単位を、三重県という家族と過ごす場所、自分が生まれてきた場所で徹底して演出し、驚くべき「家族」を産み出しているのだと考えると、僕が考えていたよりずっと浅田さんの世界は大きく広いのだと思い知らされたような気がしました。実際、彼は新たなシリーズとして全国の「家族」を撮る活動をしていて、ふたつの「家族」のシリーズが今後無限の広がりをもって展開されていくだろうと思います。「演出」であろうとなかろうと、「笑い」があろうとなかろうと、徹底したコンセプトで描かれる息の長い、プリントとしても大変質の高いシリーズは、「家族写真」=浅田政志という非常にわかりやすい図式でやはりアートの領域で形作られていくと思います。

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浅田さんは、質疑応答やトークショーのあとのサイン会でも本当にすばらしい態度で来場者に接していました。清々しい、実直で飾らないという印象は、会場のいたるところで聞くことができました。

写真集を買っていただいた来場者の皆さんに浅田さんから驚くべきプレゼントもあって、強烈な印象を残して神戸をあとにされました。

浅田さん、また今回のイベントに関連して労をお執りいただいたAURACROSS前田さん、本当にお疲れさまでした。
大変多くの方々にお申し込みいただきました表題のイベントですが、本日定員に達したためお申込みを締め切りました。

また、今後キャンセルが発生しても新型インフルエンザへの対応策として追加の募集はありませんので、あしからずご了承くださいますようお願いいたします。

なお、このイベントに合わせ5月23日のギャラリー営業時間は午後3時半カフェラストオーダとし、午後4時に一旦閉館とさせていただきます。イベントは午後4時半よりご入場いただき、午後5時よりトークショー開催の運びとなる予定です。当日整理番号をお持ちでない方がギャラリーにお越しいただいても、午後4時半以降写真集サイン会を含め一切のイベントにご参加いただけませんのでご注意いただきますようお願いいたします。
なお、写真家は午後3時以降午後4時の閉廊前には到着する予定です。写真集・サインをお求めの際は午後3時ごろにギャラリーにお越しいただければご希望がかなう可能性があります。ただし、TANTOTEMPOとしてお約束するものではありませんのでご了承ください。

また、イベントの性質上、ギャラリーを訪れてくださる一般の来廊者の方も午後4時以降はご入場いただけませんのであしからずご了承をお願いいたします。

5月23日(土)営業時間
午前11時30分 平常通りオープン
午後3時30分 カフェラストオーダ
午後4時 閉廊(会場設営)
午後4時半 イベント開場(要整理番号)
午後5時 イベント開始
午後7時 営業終了までサイン会など

神戸/大阪にて新型インフルエンザ感染症例が増えています。

今日は雨が降っていたこともあり、ギャラリーを訪れてくださる方は本当にわずかでした。近くの大丸百貨店、元町商店街、中華街とも普段の1/3程度の人出でした。マスクは薬局ドラッグストアとも売り切れている状況。乙仲通は歩いている人の数もまばらで、やはり新型インフルエンザの影響は大きく、悲しくなるような有様でした。

現時点でのTANTOTEMPOの基本的な考え方を書いておきます。

  1. 感染者は今後確実に増え、政府・地方自治体はよりヒステリックな対応をとることが予想される
  2. これらのイベントに絡んで仮に感染者が発生した場合、可能性は低いとはいえ生命に危険が及ぶことがあり得る
  3. イベントが開催されない限りにおいて、TANTOTEMPOを経由して誰も生命を脅かされる事態にはならない
  4. 浅田氏、TANTOTEMPOとも社会的道義的責任を担う写真家、企業である
一方で、既に大阪府知事がヒステリックな厚労省の対応に異論を唱えていて、過剰な反応を戒める論調が生まれています。しかし、仮に大阪府で不測の事態(死亡例など)が発生した場合、知事は何も言えなくなるでしょう。

いずれにせよ、5月19日午後5時時点で開催するか否か決断し、参加者の皆さまにご連絡を差し上げます。

どうぞご理解ご協力をお願いいたします。

このブログは携帯からもアクセスいただけます。下記参照。

http://mt.tantotempo.jp/mt4i.cgi
R0010640.jpg神戸は未明から新型インフルエンザの感染報道、またそれに関連する各種イベントの中止という未曾有の事態に遭遇しました。神戸祭りなどの大型のイベントが中止され、学校の休校が決まるなど、季節性インフルエンザと比較して有意に感染率、致死性が高いかという問題に対して科学的evidenceがそれを否定しているにもかかわらず、既定の対策として行政側の判断が働きました。これは現在の判断としてはやむを得ないと思います。

一方で、今回のような弱毒性インフルエンザでも海外で死亡例が多数報告されている事態を考えると、その影響は決して看過できないため、TANTOTEMPOとしても今日のイベントである馬場伸彦さんのギャラリートークの開催が妥当かどうか対応を考えざるを得ませんでした。

ただ、既に一部の来廊者の方がギャラリーに向かってくださっているということを受けて、来廊者の皆さんにマスクを配布するというギャラリーとして最低限行いうる対策をとった上で、最終的にイベント開催を決定しました。多くの方がギャラリーに足を運んでくださり、結果として大変質の高いギャラリートークとなったと思います。

R0010652.jpgのサムネール画像
馬場伸彦さんは甲南女子大学文学部メディア表現学科の教授です。氏は教壇に立つ傍ら多くの著作を執筆され、また写真活動も行っています。写真に関する氏の造詣は深く、独特の視点から写真を解釈されています。

ギャラリートークでは、このイベントのために特別ご用意いただいたスライドショーが紹介されました。まず、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによって発明された写真表現手法であるダゲレオタイプが紹介され、氏の所蔵する実物が紹介されました。ダゲレオタイプに多くみられる被写体としての死した子供の肖像写真があることに触れ、写真が記憶の手段として肖像画に取って代わった経緯について説明がなされました。次にザンダー(August Sander: 1876-1964)の写真が紹介され、写真の写実性、演出性、写真から派生する類型学について解説がありました。

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続いて日本の原信三のゴム版写真の紹介、これらのむしろ絵画に近い手法に対して堀野正雄らがモンタージュや多重露光などの方法論、モチーフにアートの由来を求める撮影法などが紹介されました。

ウィトキン、マリオAの肉体とその解体、再構成といった絵画では表現し得ない深みのある写真表現、フレンドランダーのセルフポートレイトでも自らの影や鏡像を写真に写し込むことで明確に写真世界に作家自身が参加するというアイデアなどの説明がありました。

1時間半という非常に長いギャラリートークでしたが、聴衆も次々と紹介される質の高いスライドショーに馬場さんの軽妙なトークを身じろぎせず聞き入っていました。写真世界が深遠で多様な解釈を持ちうる世界であること、特にビンテージプリント、オリジナルプリントの文化的価値についてお話しされ、トークを締めくくられました。

TANTOTEMPOでは今回のような教養を深める写真イベントを今後も開催していくつもりです。少なくとも、日本には一般へのアート写真教育がなく、これが写真をアートとして生活に取り入れようとする人びとの育成を阻んでいる一因となっていると思います。アート教育を徹底して現場主義で行っている欧米と違い、日本では画一的な教科書教育が今でも続いています。とすると、このような写真に関する教養を深めるイベントはとても大事だと考えられます。

今後もTANTOTEMPOの写真イベントのご注目いただきたいと思っています。





R0012382.jpg写真を眺めるということ。

一日の生活の中で、僕たちはいったいどれくらいの写真を眺めるのだろう。こう考えた僕は、5月のある日街中を歩きながら目に触れた写真の数を数えてみた。

新聞やウェブ、街を歩けば広告やチラシにそれはくっついていて、僕たちは氾濫するイメージにあまりにも無防備だ。その写真が何を伝えるものであれ、僕たちはその写真から「何か」を受け取ることになる。望む、望まないに関わらず、写真はその「何か」を視覚から意識の中に侵入させるのだが、恐ろしいことに僕たちはそれを止める手段を持たない。目をつぶればいい、とあなたは思うかもしれないが、目をつぶって生活はできない。一切のイメージを拒否して生きることなどできっこないのだ。それが僕を不安にさせる。

134枚、そこまで数えて僕は数えるのをやめてしまった。たった15分そこそこ歩いただけなのに、134枚の写真を見つけてしまったのだ。そしてその大半は、恐ろしく無愛想な広告写真か極めて誇張された感の強い店先のメニューの写真だ。

写真は何を伝えるのか。少なくとも、写真には意味のないもの、意味のあるもの、偽物も本物もある。人びとを動かす、たった一枚で世界を変える写真もあるし、ただそこにあって意味もなくイメージを垂れ流しているものもある。しかし、総じて、多くの写真から僕たちは何かを受け取っている。

写真を解釈するのは簡単ではない。作家性、世界観、テーマ、モチーフ、コンセプト、技術などさまざまなことを読み解いて写真を分解する作業は、主に学者や一部の愛好家、美術キュレータやアートディレクターが関わる作業ではある。しかし、写真を眺め感動を覚えたり嫌悪を抱いたり、少なくともそのイメージが好きなのか嫌いなのかを解釈することは誰もが普通に行っていることだ。写真が何かを僕たちに伝えようとするとき、僕たちは受け取った何かを間違いなく解釈している。

素朴な問いがある。

偉大な写真(写真家)は、どうして「偉大な写真(写真家)だ」と言われるようになったのか。誰がいつ決めたのか。

写真はいつメディアの主役となり、現在の位置にたどり着くことになったのか。写真が取って代わられるメディアとは何か。映像なのか、それともまだ誰も知らないメディアが登場するのか。

無数の氾濫するイメージの中から、どうして特別な一枚を選ぶことができるのか。何がそうさせるのか。意識のどの部分に写真は作用するのか。

これらのことに回答があるのかないのか、僕にはまだ答えが浮かばない。これらの問いに答えてくれるかどうかはわからないが、僕は今週末に行われる馬場伸彦先生のギャラリートークを大変楽しみにしている。普段から僕は膨大な数の写真を眺めて生活しているが、それを眺めるときにより豊かな感受性をもって眺められるようになりたいと思っている。また、眺めて感じたことをより豊かな表現で誰かに伝えられるようになりたい。そのためには写真をひもとく今週末のギャラリートークは極めて有意義だと思う。僕も少しでも多くのことを馬場先生から教わりたいと思っている。

写真を解釈できるようになるってことは、きっとすばらしいことだと僕は信じている。

皆さんも5月16日午後5時からTANTOTEMPOで開催される馬場伸彦ギャラリートークにぜひお越しください。参加無料です。
TANTOTEMPO pureに参加して活動中の山脇慎也さんが、このたび六甲アイランドのファッション美術館で開催されるKOBE ART COLLECTION 2009に参加されます。

展示されるのは絵画やメディアアートなど幅広いアート作品です。山脇さんは写真家として参加されます。この写真展にはTANTOTEMPOとしても協力をしています。


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ぜひ一度ご覧になってください。

KOBE ART COLLECTION 2009
六甲アイランド・神戸ファッション美術館
1Fロビースペース、4Fギャラリー
5月9日(土)〜19日(火)(休館日:水曜日)
開場:午前10時から午後6時

展覧会概要
KOBE ART COLLECTION 2009は、神戸ゆかりの若手芸術家を中心とした現代アート展覧会です。彼らは写真や絵画、インスタレーションなど多彩な芸術表現を通じてあなたとのコミュニケーションを試みます。また、写真の教育、普及を目的とした教室の修了展であるACP KOBE PHOTO Exhibition 2008も同時開催されます。今回は、神戸大学の卒業生や在校生が中心となるACP KOBEとともに、市民や神戸学院大学在校生も加わり、その成果を発表します。

詳しくはこちらをご覧ください。

5月9日から開催する1周年イベントの最後を飾るのが、表題の「オリジナルプリントを手に入れよう!」というイベントです。

日本では写真家のオリジナルプリントを生活空間に飾るという文化がなかなか育ちません。これはアート教育の中で写真をアートとして紹介する仕組みが欠如していることと、やはり欧米のような写真を古くからアートとして育て、世代をまたいで継代されていくということがないからにほかなりません。もし我が家に写真が当たり前のように飾ってあったら、その息子も、またその娘も写真をおうちに飾ろうと思うのではないかと思う訳です。

アート教育の中で、マネ、モネ、ゴッホ、ルノアールなどが高校の教科書で紹介されるのに、写真家が紹介されないなんて不思議だと思いませんか?年代が写真の方が浅いため仕方がないのでしょうか?それほど、日本で一般の方が写真をアートとして理解できるようになるまでの教育は皆無です。少なくとも僕自身はそのような教育を受けた記憶がないわけです。しかし、こればかりは突き詰めると政治の話になってしまうような気もします。高校の教科書にアンリ・カルティエ・ブレッソンの写真を載せアート作品として紹介するためには、業界が(どの業界かはわかりませんが)ロビー活動をするほかありません。

さて、イベントではこのようなことをお話しするつもりはありません。6月6日のイベントでは、僕なりに解釈したオリジナルプリントの手に入れ方をご紹介します。写真展に出かけて気に入った写真家あるいは写真を見かけたら、ぜひ写真家あるいはギャラリースタッフに声をかけてプリントを手に入れてみましょう。こういう切り口で写真を飾る生活を少しずつお伝えしていくのも、写真専門ギャラリーの役割のひとつです。

一般の方はもちろん、プリントセールスに興味をもっておられる写真家のみなさまのご参加をお待ちしております。

参加無料です。ぜひお気軽にご参加ください。

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