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herbie_0005.jpgⓒHERBIE YAMAGUCHI

ハービー・山口さんをメインの写真家、レビュアとして迎えた、写真と社会の関係性を問いかける写真グループ展、HEARTFUL MONOCHOME写真展がいよいよ今月28日から開催されます。

8月7日には若手写真家も交えてのハービーさんのレビュー会が東京で行われ、その様子はビデオ収録され、現在編集作業中です。

それぞれの写真家は写真活動歴のあまり深くない若手の写真家ですが、それぞれ身近な素材や少しひねったテーマ、笑顔の写真などを掲げながらレビューに臨んでいただきました。

最初に断っておきますが、この写真展の枠組みは写真の優劣をつけたり技術を競う写真展ではありません。写真の本来の力としての記録性や技術に加えて、テーマやコンセプトなど写真のメッセージや作家性をどのように伝えていくかを問いかける写真展として今後発展させていこうと考えています。

従って、写真展では、ハービーさんやギャラリーがそれぞれの写真家に対して評をつけることで、写真家やギャラリーがどのような観点から社会性や写真家のメッセージを読み取っているかを公表しようと考えているのです。写真を読み解く。これが写真において的確に行われていないと優れた写真活動、価値創造につながる写真の育成は困難です。また、社会の中の自分、社会から学ぶこと、社会へ還元できることを考える写真が評価されない世界であってはなりません。

写真展には、ハービーさん以外にまだ発展途上の4名の写真家が登場します。それぞれが考える社会と写真との関わりとは何か、写真活動の意味や目標は何なのか、そういったことを主題に9月25日にはトークショーを開催します。このトークショーにハービーさんが来られるかどうか現時点では決まっていませんが、鋭意交渉中です。トークショーではレビューの様子が放映され、その後で写真に関する現在の潮流の中で写真の中心としての社会的なメッセージをいかにして写真に載せていくべきなのか、を皆さんと一緒に話し合いたいと思っています。

どうぞお楽しみに。

HEARTFUL MONOCHROME写真展
ハービー・山口、なかがわれいこ、山本倫子、淡路勝、宮原亜可子
8月28日(土)から9月26日まで。
トークショー9月25日(土)午後4時から。
お申し込み先着25名。


TANTOTEMPOの10月は、写真作品の制作に携わる写真家のためにワークショップを開催します。これはコレクション展と併せて行うもので、作品のステップアップを目指す写真家や、海外での活動を目指す写真家、国内外のコンクールなどで説得力のある作品を制作する上で欠かせないステートメントの書き方など、4つのワークショップとひとつのイベントを開催します。

  1. ギャラリーディレクターのレクチャー「アルルの経験から」
  2. 東京で人気のワークショップの関西版「人を惹き付ける写真とは(仮題)」
  3. 国内外の第一線で活躍中の若手写真家のレクチャー「効果的なステートメントの書き方(仮題)」
  4. 12月のTANTOTEMPO Pure写真展へ向けたポートフォリオレビュー
  5. イベント「TANTOTEMPO写真祭」ギャラリーオーナーの手作りケーキやクッキーをほおばりながら写真を眺める、読む、買う(最終週の土日)

詳細は現在詰めておりますので、決定次第お知らせいたします。
お楽しみに。
R0015116.jpg7月30日、北野・ヴァンヴィーノにてアルル訪問の報告会を開催しました。

当日、多くの方に参加いただきましたが、おいしいイタリア料理とワインを楽しみながらの会となりました。ご参加いただきました方々、ありがとうございました。

まず甲南女子大学、馬場伸彦先生が旅の間に撮影した写真を紹介してくださいました。アルルに行った3人の中で唯一デジタル一眼レフをもってこられ精力的に旅の写真を撮影しておられたのですが、人物や風景などを150枚程度にまとめて音楽付きでスライドショーしていただきました。その後で「アルル写真の出会い」というイベントを、特に招待国である「Argentina Trail」、ロックの時代の写真「The Rock Trail」、そして「The Film Photography Trail」という3つの方向性について、解説していただきました。特にフィルム写真が衰退する中、もはや写真はカラーの時代である、と説明され、凝った演出を駆使して表現されるアルゼンチンの写真家の作品を取り上げたり、スターをモチーフにした80年代のロックシーンから数多くの優れた写真が生み出されていった背景などが紹介されました。

続いて、馬場先生と僕とで一般の参加者にもわかるように写真の歴史やアルルという町に少し触れ、アルル写真フェスティバルの一連の写真の枠組みを、"Heavy Duty & Razor Sharp"というメインコンセプトと6つの"Trail"という方向性で読み解いてみました。

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"Heavy Duty"というのは、頑強とか真剣と読み取ることもできますが、僕は多くの手数をかけて作り上げた、努力の上に積み重なった作品だと読み取りました。実際、展示された作品には気楽に作られたと思えるようなものはいっさいなく、その制作過程が大変だっただろうと思えるものばかりでした。また"Razor Sharp"とは、カミソリのように切れ味のある、ということですから、エッジの効いたとんがった作品と読めると思います。つまり、これからの写真の潮流は、やはりかなり趣向を凝らして練りに練られた誰も見たこともないような写真になっていくことは間違いありません。それは"Change Over Trail"というコンセプトで紹介されていた中堅以上の写真家と若手写真家の作品の対比でも見事に示されていました。若手写真家をセレクトしているTrailでは、もはや従来の写真の体をなしていない作品が大変多かったと思います。インスタレーション、角度によって見える画像が違って見える懐かしいが新たな写真、不定形にカッティングされた写真、壊された写真、映像などなど。従来の写真をイメージして見てみるととても理解できない構造のものが普通の「写真的な構造」と並列して並べられているさまは、かなりショッキングな風景です。オモチャのようにもふざけているだけのようにも、からくり優先でストーリーがないかのような作品もあり、混乱するのです。

アルルのディレクターである、フランソワ・エベルさんのインタビューでもその点を確認することができました。
「世界の写真の潮流はどこに向かっているのですか?」という問いかけに、エベル氏は質問の意図を読み取って
「『写真は死んだ』と毎年多くの意見が寄せられてくるけど、実際写真は今混乱しながらも新しい出口を見つけようとしているんだと思う。新しい表現は必ず出てくるし、それがいわゆる写真的なものではなくても、写真という素材を丁寧に使って構成するものであれば写真として扱うしかないと考えているんだ。」
僕は
「そうすると、人々は、一般の人は混乱しますよね。」
「そうだね、だから我々はここアルルでそれぞれが一連の進化によってつなげられているものであることを示す必要があるんだよ。」エベル氏は次のように続けました。
「'87年にアルルで取り上げた"Rock Trail"なども写真の従来の概念をことごとく壊すことになったきっかけでもある。Rockというメディアによってそれ以前の写真が変革するよう求められたんだ。」

"Rock Trail"が1987年に開催された時、パンクロックをはじめとするバンドの撮影をしていた写真家は、ロバート・メイプルソープやパティ・スミス、アニー・リーヴォヴィッツなど、「撮っていけないものなんて何もない」ことに気づいていたと思われます。ロックシーンを撮影した写真は、音楽雑誌やメディアにより世界中に配信され、多くの若者の賛同を得ることに成功する訳です。それは普遍性や美のみを価値としていた従来の写真界を真っ向から否定し、センセーショナルでむき出しの生や社会の表や裏の世界、スターの生き様や個人の性生活ですらテーマになり得ることを示した訳です。

報告会では、その他にもアルルで出会った写真家のポートフォリオレビューのレポート、アルルで日本の写真活動が全くと言っていいほど取り上げられなかった現状について議論しました。日本人の中にもポートフォリオレビューからフランスやポーランドで個展が決まるといった高い評価を受けた写真家がおられた反面、写真の潮流を読み取れないばかりに苦戦を強いられる写真家も多くおられたと思います。日本の写真全体について、エベル氏自身がやはりその沈降を認めていました。エベル氏は中国や韓国、タイやベトナムの写真活動が盛り上がっている結果、相対的に日本の存在感が薄れているのではないか、との考えを述べていました。エベル氏は中国の写真イベントのディレクターを担うなど、ヨーロッパにアジアの中でも中国重視の考え方があることを示唆していました。パリフォトでも10年以上参加していた日本のギャラリーがポジションを失うなど、少し心配なところです。

世界の写真界全体で見ると、コンテンポラリーアートの領域からも従来の"写真的な写真"は消えつつあると言います。「写真は死んでいない」と強調するエベル氏の脳裏には、写真的なものを"Film Photography Trail"でざわざわ保護的に扱わざるを得ない苦悩も見て取れ、5年前から会期を学校の新学期に合わせて延長させることで教育プログラムにも意欲を見せるなど、新たな写真の潮流の浸透に非常に神経を使っていることがうかがえました。アルル自体も一昨年からコミッティーのプレジデントが代わり、全体の構成や予算構成なども大幅に刷新されていると聞きます。ヨーロッパにおいて写真の存在感が低下することへの懸念は、日本でそう言われていることの懸念とは比べ物にならないと思われ、新しい技術、新しいメディア、新しい表現を巡るあらゆる可能性について、写真としてくくって擁護していこうという考えが明白です。

日本についていえば、やはり世界の中で取り残されないかという懸念がある訳で、その点についても報告会で取り上げました。個々の写真活動がそれなりに評価されていく日本的なシステムは決して悪い訳ではないけれど、いわゆるたこ壷化は顕著で、マーケットがごく一部の写真活動に限られている以上、全体として世界的なのアートのシステムに乗りにくいことは明らかです。日本の写真がカメラで表現することを愛する非常に多くの人々に支えられていることは明らかですが、カメラ資本やプリンタメーカのコンテストなどが唯一のチャンスであり、ステップアップの経過から組織的に引き上げていくようなアルルのような枠組みはまだ機能しているとは言えないと思います。日本で写真イベントが今後国際的に開かれた優れた写真の枠組みに育つためには、学校教育に入り込んだり、日本各地の幅広い層の写真活動を網をかけて有機的に評価して見ている必要があり、レビューによる写真家の評価基準やレビュアーの適格性、ビジネスとのリンクを考えた出会いの場の提供、世界の潮流と日本の考えや方向性を示す文化学術的なセミナーやワークショップ開催などが必須です。加えて、一般市民をはじめ写真家やギャラリー、出版、学術や企業、写真イベントそのものがゆるやかにリンクする写真文化を巡る新たな思想が必要なのではないかと思います。

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日本人のレビューについて、日本人の写真家がポートフォリオレビューで持ち込んでいた写真で僕自身が驚いた写真はやはり高い評価を受けていました。僕のようなまだ写真活動を始めて3年あまりの人にも説得力のある写真、面白い写真は、誰が見ても面白い訳です。本間さん(写真右下)は東京の写真家ですが、銀箔を貼付けたキャンバスに写真を特殊なインクを用いてプリントする手法で非常に高く評価されていました。新しい紙を開発したかのような驚きがある訳で、彼にしかできないシステムを構築して高い評価を受けていました。"perfect!"と評されていたといいます。このように誰が見ても驚くような写真、評価されていることを納得できる写真を撮ること、あるいは写真を使って新しいメディアを作ってしまうこと。これが国際的な潮流に立ち向かう唯一の方法であると言えると思います。

最後に、"center of photography "と僕が問いかけた写真的な写真について、エベル氏は相対的に地位が沈んでも歴史的には担保されていくだろう。そういう写真を撮り続ける人はずっといると思う、と語っていました。写真は拡散して価値創造を求める新しい表現と、従来の古典的手法とに分断されて存続していくのだろう、というのがエベル氏の考えだと思います。

TANTOTEMPOとしても今回のアルルの旅はギャラリーの方向性を決める上で非常に重要なものとなりました。個々の写真家の表現を見ていくこと、いろいろな表現を社会に見せることは大変重要ですが、それよりも写真の社会学、写真の構造について学ぶことが日本では急務ですし、今後求められていくと思います。文化予算などもどんどん削られていく中、日本の存在感が文化において世界の文化の中に決して沈まないように再構成する力は、すべての文化の担い手や愛好者が一致団結してつけるほかはないと確信的に思いました。

なお、アルル報告会はもう一度ギャラリーにて開催予定です。現在日程などを調整中です。多くの方が参加していただけるように考えています。また、こちらはUst配信なども検討していきます。

R0014437.jpgTANTOTEMPOでは、アルル国際写真フェスティバルに参加して得られた知見の報告会を下記要領で開催します。報告会では、今回一緒に参加していただいた甲南女子大学教授・馬場伸彦氏にもご参加いただき、「アルル、写真の出会い」と題された巨大な写真の枠組みについてスライドショーを用いて概説するほか、南仏の旅をムービーでご紹介します。





開催日時:2010年7月30日(金)午後7時30分
場所:北野 イタリアンレストラン ヴァンヴィーノ(078-232-7377
参加費:¥3,000(食事代のみ、飲み物別途)
募集:お申し込み先着15名様
内容:
アルルと写真(仮題/スライドショー/馬場伸彦)
アルル写真フェスティバルに関するレポート(仮題/スライドショー/TANTOTEMPO杉山)
Tour de Provence(ムービー/TANTOTEMPO杉山)

お問い合わせ・お申し込みは
078-393-0810
info@tantotempo.jp
まで。

若い写真家、海外での写真活動に興味のある方にご参加いただければと考えています。
南仏の旅に興味のある方もお楽しみいただけると思います。

ぜひご参加ください。
IMG_Arles.jpg©LES RENCONTRES ARLES PHOTOGRAPHIE

TANTOTEMPOでは、僕と代表の二人と甲南女子大学馬場氏とで7月3日より渡欧し、アルル国際写真フェスティバルを訪問、取材・見学をしてきます。

アルルは世界で最も古い写真の祭典といわれており、世界各国から写真家が訪れPhotofolio Reviewを受けにきています。また、世界中のギャラリーや教育機関が集い写真イベントを開催している他、街の周辺でも様々な写真イベントが開催されています。

例年多くの日本人がこの地を訪れポートフォリオレビューを受けていると聞きます。この地でレビューを受ける、あるいはレビューをすることにどのような意味があるのか、そのシステムを含めて関係者からインタビューをとってこようと思っています。もちろん、参加者の写真を見せていただく他、可能であれば現地にて各国の若い写真家の作品をレビューして、写真の傾向を読み解くほか、可能性の感じられる写真家がいれば日本に呼びたいと思います。

また、僕としては神戸や関西でつくることのできる身近な写真フェスティバルを構想していて、東京ではできないコンパクトで低予算ながら行政のからんだ写真の枠組みを模索しています。そのあたりもアルルで見てこようと思っています。アルル写真際はすでに41回をかぞえる歴史ある枠組みであり、イベントに行政が大きな予算を落としています。ローマ時代につくられた古い街として町おこし的な構想もあるのかもしれませんが、やはり文化予算の意味を市民が良く理解しているのだと思います。日本の都市では同じ感覚では絶対にイベントは開催できません。

アルルには7月5日から8日まで滞在します。アルルに参加される方で現地でお目にかかれそうな方は、ぜひご一報ください。info@tantotempo.jpあてにメールをお願いいたします。

アルルの他にはマルセイユ、エクスアンプロバンス、ムスティエ・セント・マリーなどの町を訪れることにしています。

レポートはできるだけ多くこちらのブログにて紹介いたします。ぜひお楽しみに。
表題の写真展巡りに参加者を募集します。

日時:平成22年5月22日(土)午前10時から12時過ぎ
場所:兵庫県立美術館
〒651-0073
兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1丁目1−1
078-262-0901
ツアーディレクター:杉山武毅・Gallery TANTOTEMPO
講師:馬場伸彦・甲南女子大学文学部メディア表現学科教授
参加費:¥1,000(美術館入場料別、移動タクシー代別、TANTOTEMPOにてカフェ付きレクチャー・資料含む)学生タクシー代不要(学生証をご提示下さい)
募集人数:先着15名(最小催行人数4名)

写真展巡り概要:
神戸にゆかりの深い写真家、中山岩太。中山岩太写真展が4月17日から兵庫県立美術館にて開催されます。この写真家の作品と、芦屋カメラクラブを中心とした神戸界隈の歴史的写真活動について、馬場伸彦さんがわかりやすくレクチャーします。

行程:
午前10時:美術館集合。当日の行程表、馬場講師の紹介、簡単な資料を配布します。
-----各自入館し、写真展をご覧ください。
午前11時:写真展会場の外で集合、簡単な写真展の説明を行います。
午前11時20分:3名ずつグループとなり美術館をタクシーで出発、TANTOTEMPOに。
タクシー代は各自ご用意ください。
午前11時30分:TANTOTEMPOにてカフェを楽しみながらレクチャーをお聞きいただきます。質疑応答もあり。
午後12時15分頃:解散。(井本礼子写真展をお楽しみください)

この写真展巡りにぜひご参加ください。
お申し込みは、event@tantotempo.jpまたは078-393-0810まで。
R0013628.jpg昨日、神戸ファッション美術館にて開催中のKobe Art Collection 2010の一環として、馬場伸彦甲南女子大学メディア表現学科教授の講演会が開催されました。

馬場先生はTANTOTEMPOとも関わりがあり、写真論に関して非常に大きな見識があります。また、写真を中心としたメディアの役割について深く研究をされています。

昨日の講演会では、特にファッション写真の系譜について、多くの画像を引用しながら時代を追いながら丁寧に語っていただきました。写真が出現した黎明期の動き、つまり肖像画からポートレイトへの流れをかたちづくりながら急激に発展した写真、スタイケンの当時から始まったモダニズムと女性の美の追求、Vogueなどの紙面を飾ったファッション写真、ココ・シャネルの登場とヘルムート・ニュートン、ピーター・リンドバーグ、ハーブ・リッツなどがその後のモードに及ぼした影響などについて説明がなされました。その後もパトリック・ディマシエリエ、アーヴィン・ペン、リチャード・アヴェドン、アニー・リーボヴィッツ、古くは植田正治、アウグスト・ザンダーなどがある種の身体性と時代性を記号化してのアート写真として表現の最先端に立ち続けた経緯が示されました。写真家とその作品を通じて、女性の身体、その身体を覆うモードとそれをメディアとして取り上げた写真という媒体について、明快に語ってくださいました。特にヌード写真が表現する女性の身体への礼賛と常に先端のモードに関与した写真メディアについての話は大変参考になりましたし、この部分の解釈は特に現代の写真を理解する上で絶対に学んでおくべきことだと思われました。ヘルムート・ニュートン以降、現代のファッション写真が単にモードを見せるのではなく、まず身体を見せることで女性の美へと帰着する、つまりモードを表現することになった経緯の説明は大変興味深いものでした。

神戸ファッション美術館は大阪大学現総長の鷲田清一氏の監修のもと数多くの著名写真家のオリジナルプリントのコレクションを所有しています。その数は約2,000点にも及び、現在学芸員と馬場先生などがそれらを分類し整理しているところだそうです。今後様々な機会に市民に公開する仕組みを構築していくことになっています。TANTOTEMPOとしてもこれらの活動に協力していきたいと思っています。

なお、この講演会の模様はUstreamにて配信されました。が、画像は少しお見苦しいかと思います。現在HDビデオにて配信できるよう、新たに映像を準備中です。しばらくお待ちいただければ幸いです。

http://www.ustream.tv/channel/tantotempo
SDIM2582.jpgPhoto by Shin Saito

甲南女子大学の学園祭の一環、そして文学部メディア文化論の教育プログラムの一環として、クリエイターズフォーラムという枠組みの中で写真イベントが開催され、参加してきました。

このフォーラムは定期開催されているもので、今年で第15回を数えます。主にプロフェッショナルなメディア、アート関連の活動を行っている人々を招いて、主に学生を対象に講演会などを行っているそうです。今年はプロフェッショナルフォトグラファーとしてTANTOTEMPOでもおなじみの写真家・田中亜紀さん、そして写真文化の担い手としての立場からTANTOTEMPOを代表して僕が参加することになりました。もちろん、主催されたのは甲南女子大学文学部教授でTANTOTEMPOともなじみの深い馬場伸彦先生です。今回は計画立案当初から参加させていただきました。

フォーラムは二部構成で展開され、前半は田中亜紀さんの写真活動としてTANTOTEMPOで開催し好評だった"DAZZLE"という太陽の光を主題にしたアート写真家としての写真活動、そしてカメラマンとしての舞台撮影での活動が紹介されました。写真家としてのキャリアをスタートさせたきっかけや、作品を作っていく活動の実際、またプロフェッショナルであることの意味、写真というアートの特性について、太陽の光というテーマについて「写真でしか語れないこと」という観点から大変わかりやすく解説されていたのが印象的でした。

後半は、「写真を見るということ」と題して、ギャラリストの立場からどのようにして溢れるように存在するたくさんの写真の中から力のある写真を選んでいくのか、というセッションを受け持ちました。この流れのなかで、フランスの写真家Patrick Tabernaさんと萩原義弘さんの写真世界を紹介し、ストーリーが紡がれていく映画のような写真アートと、ドキュメンタリー写真家としての活動から美しい世界を紡ぐ写真アートを紹介しました。

このフォーラムのメインイベントは学生たちが撮影した写真をスライドショーで紹介し、田中さん、馬場先生、そして僕がリアルタイムにレビューをしていくというものです。写真は総数約200イメージ、延べ35名近い方々の参加があり、会場からもQRコードでメールを送ってもらうという実験的な試みも実施しました。時間の都合ですべての写真を紹介できた訳ではありませんが、約半数の写真についてレビューを行いました。

提供された写真はあらゆるジャンル、対象を含んでおり、面白いものが数多くありました。大学内で撮影された実験作や、友人、動物を対象とするもの、写真アートを目指したコンセプチュアルなものもありました。また、女性らしいかわいいモチーフや色使いの写真も多く、解釈が困難な写真、どこで撮ったのか不思議な世界を描いているものなど、レビュアから面白い解説がなされ会場が沸き立つ写真も数多くありました。誰かが撮影している以上、原則として「意味のない写真」はない訳ですが、何かメッセージがあるか、表現がなされているかという点で写真を読み解く作業を会場全体で行うという今回のイベントは大変面白かったと思います。これからも同様のイベント、フォーラムの開催を、学内にとどまらず様々な方面で行うと写真文化の読み手が育ってくれるような印象を持ちました。

甲南女子大学でも、内容は変化していくものと思いますが、同様のイベントが開催されることになるのではないかと思います。表現者のみが増える一方では写真文化とはいえない訳で、実は写真の読み手を育てることがいかに大切かを改めて実感するイベントでした。

若き写真家の皆さん、おつかれさまでした。
PA171031.jpg関西御苗場という写真イベントが終わった。

最終日らしく、浅田政志さんのトークショーが開催されたり、各所でレビューが盛んに行われていた。

僕も公式にレビュアに選ばれていたため、最終的に優秀者を一人選ばなければならず、3日間の間に様々に迷い考えに考えを重ねた。いろいろな選択を気ままな性格からさっさと決めてしまう普段と違って、やはり相手がいること、またその相手といずれ組んでお仕事をする可能性があることをふまえて、少し判断に迷いが生じたのだと思う。

結論から言えば、今回の写真イベントでは多くの種がまかれていたと思う。しかし、まだ芽がさほど出ず、それが真正のアートかどうか、僕には読み取れないものも多かった。僕はかなり素直にアートのフィールドに飛び立つ作家を探していたし、いくつかの種はおそらくアートの世界に入ってくるのだと思えたのだが、確信が持てなかった。これも僕の経験の浅さが原因なのだと思う。後で関係者と話すうちに、例えば彼らの年代(20台になるかならないか)への不理解と偏見(僕の経験した時代とは異なること)があること、あるいはそれらの青い時代に彼らが感じるであろう大人社会に対する怒りや鬱積する不安があるにせよ、表現者としてこれほどまで陰湿で暗惨たるイメージを、それも一人や二人ではなく多くの若い写真家が描いていることを知ると、もはやこれらのイメージを正視できないような気がしたのだと思う。表現というよりも、直接的で粗野で容赦ない攻撃のようにも感じられたものもあった。そしてそれもまたアートへの原動力になるに違いないパワーであることに次第に気づいて、僕の混乱は3日間にしてやっと静まっていったのだと思う。

これらの最若手の写真家の中にアートをにらんで興味深い写真家がいた。彼女は、人物と人物の所作に意図的にある「状況」を作り出し、あるいはある「状況」から何かを読み取り、それを撮影している。チープな布やマスク、プールの水の中に死体のように浮かぶ人物、といった具合に、それぞれに脈絡のない不気味な世界が広がっている。彼女の世界は怒りに満ちたものではない。むしろ、「状況」そのものが撮影されたモデルからあらゆる幸福感をそぎ落としているように見えるのだ。それを冷徹に見せているだけ、そんな写真なのだと僕は解釈して面白いと思った。(Gallery Out of Place選出、digmeout選出)

ある写真家は、人が生誕することと現実として迎える混沌とした世界を構成した一連の写真を紹介していた。当初、僕はこの構成に強い違和感を感じていたのだが、作品を繰り返し見るうちに次第にそのストーリーの全貌が見えていくるようになった。彼がレビューの際に説明してくれた構成について、僕は違和感を感じた点を率直に伝えてみた。生命の誕生を描く主軸にあるストーリーに、脈略のないイメージがおとし込まれているため感じた混乱を単純に思っていることとして伝えてみたが、そうではなかった。いろいろに解釈される隙間を与えつつ、ストーリーとしては一貫しており、脈略がないように見えたイメージも構成上必然的にそこにあるものだと気づかされた。

ロシアで撮影した6−7枚の写真を横一列に並べた作品は、すでにアートの領域にあったと思う。女性の顔から始まり、ヘリ、原発、口元を縛られたイヌ、農薬を散布する航空機、とくると基本的にテーマは「不安」かその界隈かと思う。一連のイメージが呼応し合い、不安を煽っていく方法はわかりやすく誰にでも同じようなメッセージを伝える。技術ではなく、画でストーリーを見せている点で高評価であった。イメージの質、トーンも均質で良かった。

奈良県の神聖なる森に入り、木の根を撮影した力作もあった。テーマも大きくなる可能性はあるし、プリントも好感が持てたが、コントラストに抑制をとりすぎたのか、構成が弱いような気がした。しかし、力作だった。もっと抑揚があってもいいのではないかと思った。

映画を見ているような不思議な感覚を憶えた写真家がいた。実際、彼には映像の経験があり、モデルや小道具である拳銃を使って非日常的な光景を映し出していた。それぞれのイメージは青を基調とした比較的暗い夕刻のトーンに落とし込まれていたが、イメージがあまりにもクリアで、不安を覚えさせるわけでもなく、平坦に思えた。展示にシナリオが二つ描かれており、それぞれが呼応するでもなく並べられていたためか。ポートフォリオにはもっと強い作品もあり、もう少し作り込むと面白いと思った。

オーストラリアの海岸沿いの街を撮影した作品の彼は、極めて完成度の高い作品を展示していた。うらぶれた感はあるものの、基本的に開放的で明るい色彩の家々の並ぶ街を、彩度を落とす手法で表現している。2−3余分なイメージがあったため作風が緩く感じられたが、これらのイメージを取り除くと全体的に締まって見えるようになると思われた。作品性は高く評価されるものの、手法も含めてまだ独自性に弱く、作家性という点でもう少し作り込む必要があるように感じられた。しかし、将来が楽しみな作家だと思った。(一般選出Top10)

モンゴルの旅の撮影をしていた写真家は、瑞々しい明るい写真が好感が持てた。旅の写真であるが、現地の人々と暮らしを共にし、彼らとの結びつきがいい表情を引き出していた。彼女とも直接話すことができたが、より多くの写真を見てみたいと伝えた。彼らの生活やそこにある様々なモチーフをよりたくさん取り上げられるようになるとすぐれたドキュメンタリー作品になり得る力量があると思った。(一般選出Top10)

こういうイベントでは、新しい表現を発掘する、という観点から写真家を選ぶ傾向があることはわかっていたため、digmeoutの皆さんのセッションで「見たこともない写真」として最初に述べた写真家を選んだ時点で、僕はある意味で正統派の表現を取り上げてみようと思っていた。あるテーマ・コンセプトを決め、そのテーマに結びつく整ったモチーフを選んで丁寧にストーリーを紡いでいく手法かと思う。最近の表現者は、先にも述べた通り感情に任せて写真活動を行う傾向が強い。そこで、その正反対の方法をとって作品性、作家性を出そうと試みていた写真家を最優秀とした。

なかがわれいこさんの作品は、年老いた祖母の肖像である。いずれ失われていくはずのこの老いた女性の残された時間に光を当てる。モチーフとなる作品の構成部品はすべてこの老人の古くからの伴侶であり、彼女の慎ましやかな生活の一端が丁寧に描き込まれていく。硬調なトーンとそれを導きだす光線の使い方、テーマを描く上で有効なモチーフの選択。さらに、写真活動が浅いにも関わらずダークルームでの活動がよく、グリッドに並べられた全体の構成も大変わかりやすく良かった。

テーマは未だ小さく、極めて個人的な体験の表出にとどまっているが、全体のまとまりは極めて高いものだった。最終的に、正統派の表現としてはモンゴルのシリーズの写真家と競り合ったが、今後の作品作りの軸足をどこに置くかによって期待が持てる写真家なのではないかと考え最終的に最優秀とした。なかがわさんには来年の銀塩モノクロームのグループ写真展参加とポートフォリオから作品販売につなげられる仕組みを提案したい。なお、なかがわさんは一般来場者の選出写真家Top10にも選ばれていた。

何名かの写真家にはTANTOTEMPOの活動を紹介し、マーケットの勉強を提案してみた。これは写真家とギャラリーが一緒に勉強しなければならないことで、意識するかしないかで作品作りにも大きな影響がある。

今回のイベントに参加し、上記の以外にもたくさんの写真家と話すことができた。話をしたすべての写真家が表現者であり、それぞれにすばらしい作品を作っていた。一方で、心配していた通り、日本の若い写真家の視野は狭い。現代の日本の写真表現の流行からか、個人的な感情や体験が積み上がっていくことを表現だと信じている。テーマの描き方も窮屈で、表現も窮屈、せっかくスペースを買い取っているのに、有効に使いきっている写真家は少なかった。ただきれいな写真を並べるだけの作家性のない緩い表現はもはや飽きられているのか、さほど多いとは思わなかった。大きなテーマを紡ぐことを若いうちこそ一度は経験しないと、大陸の写真家にスケール、フィールドの大きさで劣ってしまう。海外の写真家の写真集をどこまで解釈しているのか。そもそも見ているのか。また、作品を見てもらう、という最低限の目標に終始し、展覧会のための作品作りにとどまっているケースも多いように感じられた。さすがに、写真を始めて間もない写真家に写真の値段をつけろ、というのは酷だと思うが、個展やマーケットを意識した視点というのも若いうちに養っておいて損はない。これは僕のようなギャラリーの立場で今後さらに発言していくべきだと思った。

3日間、長すぎるほどCASOに滞在したが、いい経験になった。テラウチマサト氏、メリケン画廊の木下氏はじめ多くの関係者の願いは、TANTOTEMPOの願っていることとさほど違わない。すべての写真活動の底上げと閉塞感のある写真活動におけるキャリアデザイン、写真マーケットをにらんでのことだと思う。ただ、日本全体で見た時、どれほどのものがどれほど強くこれらの事柄にコミットするか、僕にはまだ見えてこない。本気でやればあっという間に変えられる気もする。カメラメーカーをこれほど抱えるお国柄、メーカーブースでは写真家の写真活動を応援する仕組みを教えて欲しいと問いかけたところ、自社商品の販促がかなわないイベントには関与しないと明言していた。なんという情けない経営理念だろう!表現者を生み出すだけ生み出しておいて!もちろん、言い分はわかる。彼らとて写真文化にはコミットしているのだ。表現者を名乗るものがそれを受け取るものの数を遥かに上回り次々と生まれるこの日本で、写真が真正なアートとして育ち、努力したものが報われる仕組みが育つためには、やはりもう少し時間がかかるのだろうか。写真家・写真愛好家だけが集まりお互いを評する写真イベントはあってもいいがもうたくさん、これらが広く一般に広がり賑わう日が来ることを切に願っている。TANTOTEMPOも、苦しい所帯ながら、精一杯このアイデアに邁進したい。

最後に、ギャラリー開設わずか1年半の経験の少ないギャラリーに声をかけてくださったテラウチマサトさん、ご案内をいただいたCMSの武中さんはじめみなさん、メリケン画廊の木下さん、クキモトさん、お忙しい中わざわざTANTOTEMPOに足を運んでくださったPHaTPHOTO編集部の牛島さん、丁寧な連絡をいつもくださった今中さん、面白い視点を投げかけてくださったdigmeoutのみなさん、スタッフの皆さま、本当にご苦労様でした。

ノモトピロピロさんとの出会いには特に衝撃を受けました。浅田政志さんとの再会はとてもうれしかった。一人でぽつんと昼食をすすっているときに声をかけてくださった。北義昭さんはちらっと目でご挨拶しただけでしたが、またゆっくりお話ししたいです。メリケン画廊の木下さん、改めてご挨拶にうかがいます。

参加された写真家のみなさん、おつかれさまでした。ありがとうございました。
PA171052.jpg西山武志さんのギャラリートーク&オークションが昨日開催されました。

ギャラリートークでは、西山さんの輝かしい業績を紹介し、すばらしい作品のシリーズが数多くあること、それらが非常に高い完成度をもって表現されている点について紹介すると同時に、それらのイメージを今回の展覧会で紹介せずREHABILITATIONのシリーズで展覧会を開催した理由を、主にギャラリーの立場から説明しました。

つづいてそれを補足する形で西山さんの立場から今回のシリーズを制作するきっかけになったいくつかのエピソードが紹介されました。

挫折にはいろいろとある訳ですが、交通事故や恋愛の不成就など、苦痛を伴う出来事が人々の生活や人生観に大きな影響を与えること、そんな挫折の中からも再び立ち上がり歩かなければならないその狭間に体験する苦痛を伴う日々について説明があり、そんな中から日常の風景を眺めるうちに気づく新たな体験が人を成長させるきっかけになるとの説明がありました。

TANTOTEMPOが西山さんの数あるシリーズの中から特に人間として感情的な部分を感じ取ったこのシリーズを開催したのも、実はこの部分があったからだと思います。他のシリーズも大変魅力的ですが、人としての感情が垣間見える写真の方がより身近に感じられるし、多くの共感が得られると考えたからです。

さて、その後に行われたオークションですが、意外なことに2つの作品購入の権利に対して3名の応札があり、あまり価格は上がりませんでしたが、落札者が決まりました。

TANTOTEMPOでの西山武志写真展、11月1日まで開催しています。既に6作品が販売されるなど、大変好評です。

ぜひご覧ください。



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2010年8月

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