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R0012040.jpg【今年からPARIS PHOTOが開催されることになった新会場、Grand Palais】
11月9日から僕たちTANTOTEMPOスタッフはPARIS PHOTO 2011に行ってきました。PARIS PHOTOのレポートはすでに多くの人によりあちらこちらで書かれはじめているようですが、僕もこちらのブログとまた別の枠組みのコラムとに寄稿することにしていますので、こちらではあっさりと触れるに留めたいと思います。

僕自身が写真に関連してパリを訪問したのは3回目。2007年のTANTOTEMPOオープン前年、さらにTANTOTEMPO開設直後の2008年、この年は日本が特集された年だったわけですが、その2回に続いて3年ぶりの訪問となりました。前回の訪問は、パリはストライキが吹き荒れ、僕たちの帰国便が飛ばないという混乱に見舞われ滞在日程のほとんどをこの問題の解決に使ったため散々なパリ訪問でした。今回はあらゆる意味でさまざまに目的をもっての渡欧でしたので、ストで飛ばないような航空会社は避け少しゆとりのある日程を設定しての訪問でした。

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その訪問の大きなミッションの一つは、写真集や写真のZineなどをパリで調達する、というものでした。これは帰国直後の11月19日からTANTOTEMPOで開催した"WORLD INDIE PHOTO BOOK & ZINE COLLECTION"という写真集にフォーカスした企画に展示する写真集を集めるものです。PARIS PHOTO以外の写真イベントを訪問することも大きな目的でしたので、事前に調べていたさまざまなイベント訪問を実現してきました。特に、Offprint Parisという写真集、リトルプレス、Zineに多数の中小出版社や個人が参加するイベントでは本当にたくさんの写真集、ZIneを見ることができました。その熱気はPARIS PHOTO本体をしのぐのではないかというほどだったと思います。

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さて、"WORLD INDIE PHOTO BOOK & ZINE COLLECTION"ですが、6月にレビューサンタフェを取材訪問した際訪れたPHOTO-EYEというアメリカでも有数の写真ギャラリーに付属するBook StoreやIndie Photobook Libraryというこれら写真集の全世界に渡るデータベースを作成しようという試みで数多くの優れた写真集を目撃したことから企画したものです。写真集とはいえ、写真の見せ方や構成、装丁やデザインにおいて実にさまざまな工夫がなされており、いわゆる大手出版社によらない写真集の界隈がかなり階層の深いアートのコンテクストを持っているように見えた訳です。そこで、秋のパリ訪問にあわせて世界中から写真集を集めて、帰国直後に展覧会を構成できれば有意義な展示ができるのではないか、と考え計画をねってきたのです。

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"WORLD INDIE PHOTO BOOK & ZINE COLLECTION"では、アメリカは先述のPHOTO-EYE Book Storeから、欧州はOffprint Paris会場から任意に出版社や枠組みを設定して、また日本からはTANTOTEMPOにゆかりのある写真家や東京Photta-lot柿島貴志さんのセレクションを加えて、総数約80種類の写真集&Zineを展示しました。特にPHOTO-EYEはブックストアのMelanieディレクターが自ら写真集を直接セレクション、またOffprint会場でも枠組みそれぞれのおすすめ写真集の提案を受けての選抜となっており、これも展示が非常に面白い、と評判になったコレクションになった理由だと思います。

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【かなりしっかりした段ボール製のテーブルを設置】
企画の構想を立てた時点で一つの問題に突き当たりましたが、それが写真集をどのように展示するか、というものでした。しかし、ギャラリーによく来てくださる段ボールを使ったさまざまな商品開発を行う、自身も段ボールアートの可能性をさまざまに発信されている方にテーブル作成を依頼しました。このテーブルは壁に固定さえすれば相当の重さまで耐えるし、たたんでしまえば保存できますので非常に重宝しそうです。

結果的に、非常に面白い展示空間ができあがりました。写真集はそれぞれの枠組みごとに並べ、枠組みの紹介パネル、価格などとともに展示をしました。

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パリで出会ったいくつかの出版社、枠組みは非常に面白い写真集を作っています。写真集に留まらず自らリトルプレス、Zine屋と称してブランドを立ち上げている人も数多く見かけました。"WORLD INDIE PHOTO BOOK & ZINE COLLECTION"はまさにOffprint Paris会場のミニチュア版をTANTOTEMPOに設置したような形となりました。

内訳は、オランダをベースとするPolly's Picture Showという写真に関することなら何でもする、という写真プラットフォーム、スイスのリトルプレスKodoji Press、オランダ人だけれどブラジル在住の個人Zineレーベル4478Zineを立ち上げた写真家Erik、ロンドンのリトルプレスJane&Jeremy、そしてPHOTO-EYE Book StoreにTANTOTEMPO、Photta-lot
セレクションの日本のシリーズです。TANTOTEMPOが2月に開催する海外でも人気の硬派な写真誌ASPHALTも予告もかねて展示をしました。さらに、大阪のZine専門店Books DANTALIONも、オーナーディレクターの堺さんのセレクションで展覧会にご参加いただきました。

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さて、この展覧会中非常に面白い現象がみられました。来廊者の方々のギャラリー空間への滞在時間が非常に長いのです。写真集というものは、いわゆる写真展に飾られている写真とは全く違った興味を与えていることがわかります。アートの装置が一面的でも2次元でもない、装丁や本としての体裁の与え方など非常に多くのチェックポイントがあるからです。実際、何人かの来廊者の方は「適当な写真展を眺めるよりよほど面白い」「こんなに多様な写真集文化があるとは知らなかった」と非常に高く評価していただいたと思います。

【馬場先生の話に熱心に聞き入る窪山さん(手前)と堺さん】
12月3日、このイベントに関するトークショーを開催しました。甲南女子大学のメディア文化、写真論の馬場伸彦先生、Zineを専門に扱う書店Books DANTALIONの堺達朗さん、そして大阪の写真ギャラリーBLOOM GALLERYの窪山洋子さんを招いてのトークショーでは、まず馬場先生から写真集がいつ頃立ち上がり、どのような歴史を経て発達したのかを概説していただき、現在の写真集の存在意義について、また写真集という物質的構造そのものが触ってめくるものとしていわゆるデジタル写真集としてモニターで見る写真集構造とちがってパーソナルな体験をもたらすことを、DTPの登場による印刷に関する技術革新とからめて説明していただきました。続いてZineについて堺達朗さんにその発祥と考えられるいくつかのエピソードを話していただき、Zineがどうして注目され現在の形態と流通を持つに至ったかを説明していただきました。Zineは本質的に非常に安易にチープに作られていて、いわゆる写真集の品位とは全く異なる形式である訳ですが、デジタル時代にあってもこうしたチープさが維持されながら、一方では著名作家のZineの登場、イベントの興隆で本来チープであるはずのものが高額に取引される作品として流通する事情などを説明していただきました。さらに、海外や日本でのZineのイベントをスライドショーで紹介していただき世界中でのZine熱を紹介していただきました。続いて、写真ギャラリーの立場からすれば写真展という非常にフォーマルな構造があるなか、全国でも珍しいポートフォリオ展、Zine展などを相次いで開催し人気の展覧会に育てているBLOOM GALLERYの窪山さんに、そういったイベントを開催するきっかけや意図について話していただきました。ポートフォリオやZineには、限られた写真を選んで展示する写真展とは違って、より多くの作品を見ることができるため作家の世界観が見えやすい、という特徴がある、それが面白いとの説明がありました。参加者の多くは写真表現を学んでいる途上の方が多く、皆さんが熱心に聞き入っておられたいいトークショーだったと思います。

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【オランダの若い女性アーティスト集団にインタビューを申し込む】
今回の写真集展は、異なった国、地域から多くの写真集を集めたこと、またそれぞれの枠組みや出版社が独自の形式の写真集を送り出していること、また一冊一冊がアート作品のような面白い表情を見せている装丁やデザインそのものの多様性を見ることができた訳で、多くの方が大変楽しまれ非常に高く評価された展覧会となりました。また、参加していただいたアメリカやヨーロッパの枠組みそのものにもFacebookやホームページで取り上げてもらったため、彼ら自身やその周辺からも高い評価をもらうことができたように思います。

TANTOTEMPOには世界中の写真集を収集したそこそこ大きなライブラリーがありますが、今回の写真集はそれらとは全く異なる顔を持っているように感じられました。これらは写真から必然的に派生した写真集と、そもそも自己表現のツール、メディアとして難しいこと抜きに自然発生したZineと、明らかに出所が異なるようにも思えるし、馬場先生が「それらの区別には意味はない、結局のところは複製技術、印刷技術、編集のセンスが時代と組み合った結果でき上った文化なのだ」とのまとめの言葉に象徴される、アートの一部なのだと考えるしかないと思います。TANTOTEMPOでは今後もこのようなイベントの開催ができるよう、アメリカやパリで作った関係を維持しながら、より大きなイベントを模索したいと思います。
第2部はSanta Feの町の様子からレビューの実際について書いてみようと思います。

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【写真:Adobe風の建築】
6月2日は保坂さんもHALさんも僕も早くに起きて朝食をとり、Santa Feの町中を歩いたり、Photo Eye GalleryやBook Storeに出かけてみました。なんと言ってもレンタカーがあるので移動は楽です。adobeといわれるニューメキシコあたりの独特の作りの家々を見ながら町を歩くと、やはりここが全米第2位のアートの販売量を誇る町だということに改めて気づかされます。いたるところにギャラリーがあり、その多くが通りの両側にぎっしりと並んでいる一角があるなど、町の何処を歩いていても何らかのアート作品に巡り会います。また、たまたまですが、サンタフェの中心部でアクション映画の撮影をしていて、アメリカらしいというか、そのロケを観覧する客席まで用意されていました。俳優さんたち扮する警察官が記念撮影に臨む姿を撮影することができましたが、主役が誰でどんな内容の映画かはわかりませんでした。

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【写真:PhotoEyeGalleryの内部】
Photo Eyeのギャラリーとブックストアは、そんな通りを少し走ると見えてきます。小さなスーパーや書店と隣接して、ギャラリーとブックストアが分かれて建っています。偉大な名前からは想像もできない小さな作りでしたが、写真のコレクションやWebを通じた写真家紹介、販売活動を行っているなど、世界的に影響力のある枠組みをもっているギャラリーです。Review Santa Feそのものに根ざした写真の活動もあり、6月2日にはニューメキシコ州立美術館でのオープニングレセプションのあと、Photo Eye Galleryでもレセプションが開かれていました。Book Storeも決して大きい訳ではありませんが、それでも世界中から写真集を集めており、むしろ大物の何処でも手に入る写真集というよりは、Indie Photo Bookといった手作り写真集、自費出版写真集などが所狭しと陳列されていたのが印象に残っています。

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【写真:Photo Eye Book Store】
保坂さん、HALさんがReview Santa Fe主催すなわちCENTER主催のパーティーに参加されて僕も途中でで侵入、少しだけ盛り上がりを見せていただきました。また、その後Photo Eye Galleryでのレセプションにも参加させていただき、いろいろな写真家、レビュワーと話すことができました。これらのレセプションは欧米のワークショップやイベントでは当たり前のように開催されるもので、ここでは各写真家が各レビュワーと対話をすることでレビュワーのクセや考え方を探ることのできる、いわば前哨戦ともいえる場ともいえます。パーティーにはドキュメンタリー系のレビュワーとして参加された人権NGOのディレクターで日本人の山形さんなどがそれぞれに写真家と時間を過ごしている姿がありました。もちろん、保坂さんHALさんもいろいろな写真家やレビュワーと交流を持っていられました。

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【写真:レビューを受ける保坂さん】
さて、Review Santa Feの第一日目のレビューが始まりました。Reviewは午前9時からはじまり、20分ごとに総入れ替えで行われる非常に慌ただしいものです。Review会場にはテーブルが40ほど並べられ、一つ一つのテーブルにレビュワーが陣取ります。早速保坂さんのレビューをテーブルサイドで取材しました。

保坂さんの写真はHDRで撮影した東京。非常にコンセプチュアルなイメージでクールなものです。新宿、歌舞伎町の雑多な看板や広告照明などが浮かび上がる尖ったモノクロのイメージです。保坂さんは結果的に大変高い評価を受けておられました。イメージの美しさもさることながら、もっとも人々の注目を集めたのは日本語の漢字や仮名の看板のテキスト、そして「ゴースト」ともいえる人々がうごめいている様子がHDR上でぶれて写る様子です。

さらに保坂さんはもう一つ決め文句を用意していました。つまり、3月11日の震災以降発生した電力供給制限により発生した東京都心部の抑制された照明です。「東京ではひょっとするともう二度と明るいこれらのイメージを作成できなくなるかもしれない」と。このひと言でレビュワーの皆さんの目の色が変わっていくのが見てとれました。レビュワーはギャラリーから美術館学芸員、アートコンサルタントと幅広く選択されていました。その多くが保坂さんに賞賛の言葉を投げかけていたのが印象的でした。

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【写真:レビューを受けるHALさん】
一方のPHOTOGRAPHER HALさんは、その特異な名前、いでたちでReview開始前から大変注目されていました。また、カップルを撮影するそのイメージの鮮烈さ、さらには用意周到な戦略で他を圧倒する存在感を醸し出しておられたのが印象的でした。
HALさんは"CoupleJam"というバスタブ内で撮影した前作シリーズから、今回は"FreshLove"というカップルを真空パックに封じ込めた様子を撮影した作品で臨みました。また、レビューをビジネスチャンスへつなげるという直接的な訴求から、レビュワーをほぼギャラリストに限っていたところも保坂さんとは異なったアプローチでした。

HALさんはほぼすべてのギャラリストから絶賛され、非常に高く評価をされていました。その理由を考えてみたのですが、いくつかの要素が思い当たります。
まず、イメージの独自性の高さです。世界中何処を探しても見当たらない作品はこういったアートレビューでは非常に効果的です。アートレビューはいわゆる「異物」を探しているわけですから、普通でないもの、見たこともないものに対しては特に大きな門戸が開かれるのです。HALさんのイメージは「カップルの愛を新鮮に」というコンセプトと相まって、タイトル"Fresh(肉) Love"と、ラッピングされて新鮮に陳列されるカップルの像として映る訳で
面白くない訳がありません。HALさんは強い特異なイメージ、用意周到な戦略、そして誰よりも目立つことでSanta Feの風を見事に受けることに成功した訳です。

次はレビュワーのインタビューを通してみたアメリカの現代写真事情について書く予定です。


国際的にも評価の高い写真レビューイベント、Review Santa Fe 2011を取材することができたのでレポートします。

このレビューは毎年アメリカNew Mexico州Santa Feで開催される写真家のためのポートフォリオレビューで、全米から極めて高い写真の活動を行っている写真美術館学芸員、キュレーターやコンテンポラリーアート系美術館関係者、教育者、アートコンサル、ギャラリーなどが写真家をレビューし、評価の高い写真家には様々な写真活動が約束されるというものです。

このレビューの特徴は、誰もが参加できるレビューではあるがあらかじめセレクションがなされ事前に100名にしぼられること。また、原則としてレビューはクローズドで、評価の内容を他の人が知ることはできない仕組みになっています。一方で一般参加が可能なイベントも有しており、ファンドレイジング(資金集め)も含め様々な工夫で町や写真文化に根ざしていることがうかがえます。これらのイベントは強力なプロジェクトチームであるCENTERという組織が行っており、学生が参加しやすいよう6月の夏休み開始とともに開催されることもそうした工夫の一面と考えられます。

今年は6月2日の前夜祭から6月3日4日のレビュー本番、6月5日のレクチャーまで合計4日間のイベントです。僕自身はTANTOTEMPOでの立場を明かした上で著作のためのインタビューを申し込み、認められたため訪問することになりました。

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【写真:広大なアメリカ大陸】僕がアメリカ本土を訪れたのは40年ぶり。幼少時シカゴで数年過ごした経験があり、サンフランシスコに乗り継ぎで到着したときは感慨ひとしおでした。40年の間にさまざまな変化がアメリカにも、僕自身にも起こっている訳で、出入国の厳格化なども目の当たりにすると複雑な気持ちでした。

さて、サンフランシスコでは乗り継ぎの関係で5時間あまり時間があったため、サンフランシスコ在住の写真家を訪問することになりました。

兼子裕代さんは3月の震災支援で立ち上げたTANTOTEMPOのSocio Arteの枠組みにいち早く反応し支援のためのプリントを送ってくださった写真家の一人です。彼女はもともと一般大学を出てカメラ雑誌などにライターとしてコラムを書く傍ら写真を撮影していたそうですが、サンフランシスコのArt Instituteへの留学を機にMFA(Master of Fine Art)の学位を取り、また作品が高く評価されたことからそのままサンフランシスコで写真家として活動を続けています。

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【写真:Sentimental EducationからⓒHIROYO KANEKO】
兼子さんの作品は、個におけるさまざまな社会体験が社会においてのひとの人間形成や人間関係構築に寄与する、という構造を見せるもので、温泉で家族が入浴をするシーンを撮影したシリーズ"Sentimental Education"、日本の花見を通じて形成される人間関係をとらえた"Picnics"などがアメリカで高い評価を受けています。



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【写真:PicnicsからⓒHIROYO KANEKO】
兼子さんの写真活動の拠点は、サンフランシスコにある複数のアーティストが入居するアパートをスタジオにリノベーションした建物で、その一室をスタジオとして使っています。大きな部屋ではありませんでしたが、作品のストックがあったり、額装や作品シリーズを考察するデスクがあり、非常にうらやましい環境でした。神戸にもスタジオハウスはありますが、アーティストの活動を支援する様々なグラント(資金援助)、スタジオなどアーティストの生活や作品制作環境の整備やそのための意識は欧米ほど高い訳ではありません。

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【写真:兼子さんのスタジオのドアとアーティストたちがくつろぐスペース】
彼女をはじめ海外にその活動の本拠を求める写真家の中には、日本でのアートの活動が非常に窮屈で閉鎖的だとの思いを持たれている方が多いと思います。また、作品の評価が写真の歴史的な評価軸や時代や社会、マーケットの要求と呼応しながらなされ、写真の技術やセンスがあり努力がなされた写真家にはそれ相応のフィードバックがある、という当然のことが海外では実現する訳で、日本にはそういった構造がないことが直接的間接的に写真家の海外志向を助長しているともいえます。兼子さんのスタジオ訪問はそれらのことをまざまざと見せつけてくれる、大変有意義で興味深いものでした。



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【写真:レビューに参加された保坂昇寿さん】サンフランシスコを出発しアルバカーキに到着する便が大幅に遅れ、結果的にアルバカーキに着いたのは午後11時。そこからレンタカーを予約してたので100kmの道のりを真っ暗な中一人でドライブして、午前12時半サンタフェに到着しました。サンタフェでは日本からレビューサンタフェに選ばれた保坂昇寿さんが待っていました。

今年のレビューサンタフェには2名の日本人写真家が選ばれていました。一人が保坂昇寿さん、そしてもう一人がPhotographerHALさんです。日本人の写真家のレビューの様子も特別に見せていただいたので後日レポートしますが、深夜にたどり着いたレビュー会場のホテルはまさに嵐の前の静けさ、ひっそりと静かで、保坂さんも眠りについておられたのを電話で起きてきてくださり、ロビーで落ち合いました。しかし、HALさんはまだ着いていませんでした。

部屋で休んでいた午前2時過ぎに保坂さんから連絡があり、HALさんが到着したことがわかりました。会いにいくと、なんと飛行機が大きく遅れ、空港に到着したときにはすでに他の交通機関が営業を終えていて、サンタフェに向かう他の搭乗客に乗せてもらってホテルまで送ってもらったといいます。HALさんとは2年前に東京でお目にかかったことがあり、久々の再会でしたが、物静かな人柄からは想像できない非常に力強く聡明な意思を持っておられる方だとの印象を受けました。これは後のレビューでも実感できたことです。

つづく
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【ムービーを見ながらレビューの様子を語るPhotographerHALさん】

先日レビューサンタフェ2011の報告会を開催しました。

これは僕自身が様々な写真やアートの枠組みのディレクターやレビュワー、参加者のインタビューを通して、現代のアートや写真が様々な国や社会の中でどのような位置づけにあるのかをアート教育を軸に見いだそうとする著作を書いている関係で、6月1日から6日までアメリカを訪れたものです。アメリカでも有数のレビューイベントを取材してきたので、7月9日夕方からTANTOTEMPOにて報告会を開催し、多くの方が参加してくださいました。

レビューはニューメキシコ州サンタフェのヒルトンホテルで開催され、6月2日の前夜祭から3日4日のレビュー、さらに5日のレクチャーと延べ4日にわたって開催されました。約500名の応募者の中からCENTERという運営組織のコミッティーが100名に絞り込んで、この100名がそれぞれ10名のレビュワーを選んでレビューを受ける、という方式です。レビュワーは、コンテンポラリーアート系の美術館、写真美術館の学芸員はじめ、全米から選ばれた一流の写真の担い手が担当。レビュー受ける写真家は、全米、ヨーロッパ、アジア、中東からの参加者で構成されており、日本からも保坂昇寿さん、PhotographerHALさんが参加されました。

レビューやインタビューの内容は、これから3回程度に分けてコラムとして書いていきますが、昨年アルル国際写真祭を取材した際と同様、事前にCENTERのトップであるLaura Presseleyさんに取材許可を取りほとんどのセッションの取材を行うことができました。また、直接保坂さんやHALさんのレビューの様子をビデオ撮影することも許可されたため、報告会はムービーを多用し、取材部分、プライベートムービーなどを織り交ぜて、スライドショーにて開催しました。

訪米の際、サンフランシスコ経由でサンタフェに向かったため、乗り継ぎの時間にサンフランシスコを訪問。サンフランシスコ空港のビル内を歩くムービーからプレゼンテーションが始まります。サンフランシスコでは一旦空港を離れ、兼子裕代さんという写真家のスタジオを訪れ、オフィスとして使用しているうらやましいほど整った制作現場としてのスタジオを見学した様子を、兼子さんの作品とともに参加者に紹介しました。また、ゲストとして参加されたベルギーで活躍されている井本礼子さんが海外に写真の活動をもとめるに至った経緯を話され、海外に写真の活動の本拠を求める写真家の気持ちなどを紹介されました。

レビューのセッションが始まり、保坂さん、HALさんのレビューが始まると、二人の評判が非常に高く驚かされた様子をレビューの光景を通じて説明を行いました。どうして日本人写真家の二人はアメリカで受けたのか。その理由を知ることは、戦略的にレビューに関わる手段を得ることだと思います。参加者の皆さんはこの報告会のためにTANTOTEMPOに来てくださった保坂さん、HALさんの生の意見にとても熱心に聴きいっておられました。強い作品を丁寧に作り上げることがなにより必要ですが、コミュニケーションのスキルを持つこと、受けそうなレビュワーを的確に選ぶこと、そしてやはりひととして触れ合うスキルを持つことがとても大切だと思います。また、HALさんのように既に実績のある写真家が明確な意志を持ってアメリカのマーケット開拓に乗り込む強い姿勢についても学ぶべきものがたくさんあることが示されたと思います。

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【レビュワーのアートの中での位置づけを紹介】

さらに、レビュワーのうち、シカゴの写真美術館のキュレーターのナターシャ・イーガンさんのインタビューを抜粋で紹介しました。シカゴのコロンビアカレッジというアート教育の最も高い位置にある学校の一つに附属するシカゴ写真美術館のプログラムや教育について、約15分のインタビューをとったものを編集し見ていただきました。また、レビューを受けにこられた写真家のうち、大変優れた活動をされていた3−4名の写真家にフォーカスし、特別に許可をもらってイメージを紹介しました。これらの中には将来TANTOTEMPOで紹介する可能性のある写真家もおられます。

続いて、写真やアートの教育がアメリカでどのような位置づけでなされているのか、レビューサンタフェの総合ディレクターであるCENTERのLaura Presseleyさんのインタビューを紹介しました。2005年にハーバードビジネススクールから発表された論文が紹介され、教育の中でいかにイマジネーションを豊かにするプログラムが大切かを説いており、美術教育がその最も近道である、という内容の論文の紹介がありました。「New MBA as MFA」つまり、「ビジネスの学位は、アートの学位に習え」というかなり衝撃的な内容です。アメリカでも想像力の欠如からコミュニケーションが取れなかったり、常軌を逸脱する考えが台頭することがあり、美術教育からこれらの欠点を克服しようとする動きがあるようです。日本が不況や政治不信に喘いでいる状況について、アート教育の不在を危惧する声は彼らからもあり「誘われればいつでも協力する用意がある」という思いもあるようです。先のナターシャさんや他のレビュワーなども、欧州や韓国、中国など海外のレビューには盛んに誘われるのに日本からはいっさい声がかからない、どうしてなんだ?と逆に質問を受ける場面もありました。これらの点は、報告会参加者も非常に衝撃を受けておられたと思います。


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【トークに参加された左から井本礼子さん、HALさん、保坂さん】

最後に、僕として考えた日本の写真への提言をまとめて紹介しました。日本の写真の中心地(国立写真美術館や研究・学究機関)を作ることや、写真やアートが"open to the public"であり続ける必要性、そしてMFAなどの学術的経験値をいかにアートに付加していくか、という観点からの教育へのてこ入れ、さらにはマーケット開拓の正統な方法としての幼少時からの美術教育の必要性についてお話ししました。

1時間半に渡る「ムービーとスライドショーで綴るレビュー・サンタフェ」ですが、参加者の皆さんが最後まで興味をもって見ていただいたと思います。現状の日本のアートは、その閉鎖性や安売りの問題、レビューを受けても評価すらまともに話せないレビューワーやビジネスにつながらない写真家レビュワーの適格性など、アートや写真の周辺には多くの問題がある訳で、これらの問題にはポジティブに解決に向かう意思が必要です。報告会に参加してくださった方がそれぞれの活動の中でこれらの問題について認識し、活動に反映されていくことを期待しています。

なお、この報告会で使用したムービーは新規編集したものを8月13日(土)以降、TANTOTEMPOエントランスのモニターでにて上映をする予定です。興味のある方はTANTOTEMPOまでお越し下さりぜひご覧ください。

先にも書きましたが、レビューサンタフェの詳細は、今後3回程度の記事にして報告する予定です。お楽しみに。
R0011100.jpg6月11日から開催していたオサム・ジェームス・ナカガワさんの写真展が終了しました。

アメリカ・インディアナ州、インディアナポリスのブルーミントンという町にあるインディアナ大学で教鞭をとる傍ら、家族や家族をモチーフにした作品、さらにはそこから発展して沖縄や戦争にテーマを求める強い写真を制作し発表するジェームスさんの"廻-Kai"ですが、11日のオープニングトークショーから終了まで、その壮絶なプリントの美しさで多くの方を魅了したと思います。

「家族」という非常にプライベートな写真、死にゆく父と新しい命の恵みという局面から紡がれていく誰もが巻き込まれる普遍的なドラマが鮮やかに描かれ、共感を呼ぶのです。このシリーズはジェームスさんの力量を世界に知らしめた代表作と言えます。

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インディアナ大学の准教授という立場から、今回の写真展では10名のアメリカの学生を日本のワークショップに連れてこられました。このワークショップは震災で開催が危ぶまれたものの、とても人気があるようで、いろいろ指導の背景をみていくと写真教育だけでなくさまざまな人間教育もなされていることがわかります。サンタフェでも2名の門下生がレビューを受けることのできる100名に選ばれていて、ジェームスの教育のレベルの高さを示していると思います。

折しも、僕自身がアート教育やマーケット形成に興味を持ってレビューサンタフェやその他の写真やアートの枠組みに参加し、アメリカの広大な写真世界を見てきたことから、ジェームスさんの活動の背景を知ることができましたが、トークショーでも、またその後に開催した日米の写真家を目指す学生の交流ワークショップでも、一貫してアート教育の重要性を示してくれたことは大変心強く思いました。系統的な教育法や現場教育が全くといっていいほどない日本のアート教育へのヒントは数知れず、これらをまとめていくことをわれわれ日本のアート界全体が考えないといけないと思います。

ジェームスさんは現在沖縄に滞在され、ガマのシリーズで作品を制作されておられます。日本を離れるまで精力的に写真活動を行われ、アメリカに戻られる予定です。今後は3月のヒューストンでの写真展などにも参加される予定ですので、僕も引き続き情報を共有しながら見ていようと思っています。

なお、TANTOTEMPOのSocio Arteの枠組みなどに共感されたジェームスさんの提案で、ジェームスさんやアメリカの有力写真家が参加する日米合同の写真チャリティーイベントが東京のP.G.I.とTANTOTEMPOで開催されます。
近く詳細を発表いたします。どうぞご参加くださいますようよろしくお願いいたします。

R0016097.jpg5月1日、TANTOTEMPOにてSocio Arteの枠組みの緊急ギャラリートークを開催しました。

このギャラリートークは、震災後被災地で写真を撮影された写真家の鷲尾和彦さんがギャラリーを訪れてくださったことから急遽決まったギャラリートークです。被災地の現状をテレビなどのニュースで知るしかない私たちにとって、現地で撮影されたイメージを見ながら被災地に思いを届けるのはとても重要だと考え、この思いを鷲尾さんにお伝えしたところ、急遽ギャラリートークが決定しました。急な告知だったのも関わらず、当日会場にはたくさんの方が来てくださいました。

ギャラリートークでは、まず今回の地震および津波の被害状況について、被災地に入った写真家の立場から、鷲尾和彦さんがスライドショーを中心に写真で紹介していただきました。被災後しばらく経ってからの撮影とはいえ、生々しい被災地の様子が伝わってくるスライドショーで、参加者も息をのむシーンもありました。しかし、全体的に抑制がとれたわかりやすい写真が多かったと思います。現地に入った写真家の多くが抱く「被災地の写真を世に出していいのだろうか。出すのであればいつなのだろう。」という悩みについても鷲尾さんも率直に語っておられましたが、神戸で震災を経験した立場から、またギャラリーの立場として、あらゆるイメージが震災の記録という観点から重要であり、写真家として現地に入ったのであればどのようなシークエンスも発表の義務と責任を負うとの意見を述べました。被災者への配慮、という考えは必要だけれど、真実への訴求は緩めてはならないというのが僕自身の考え方であると伝えました。

次に、神戸の震災の体験から、都市型の震災と今回の津波被害との違いや復興への困難さについて会場で意見を共有しました。特に、人々が多く住み暮らしと産業が周辺に適度に分散した都市の震災と、暮らしと産業が一体化している今回の被災地の状況とがまるで異なっていることを鷲尾さんの写真からひもときながら考えてみました。結局のところこの街を離れることのできない人が行政の関与と自身の努力でカバーしてきた神戸と、被災の状況も復興も構造が根本的に異なるのではないかとの意見で、やはりこのような災害に対する支援を考えた場合もっとも必要なことは、忘却と疲労への対策だと思います。

大きな被害についてはどうしても国主導の復興支援が必要不可欠で、とすれば国民の税金が被災地に投入されるのはやむを得ない訳ですが、神戸を例にとるとあらゆる人の暮らしの断片について税金の投入ですべてがまかなわれると考えるのには無理があります。まず必要最小限の生活から、次にインフラや大きな産業から復興というものはなされていって、文化や芸術がつい遅れるなど、やはり力関係によって差がつく可能性がある訳です。

人は社会との関係性によって、その活動を文明として発展させてきました。本来ひとはちっぽけな動物に過ぎない訳ですが、文明社会への参加をすることで人類は未来への礎を築いてきました。3つ目のセッションでは鷲尾和彦さんの代表作「極東ホテル」(赤々舎)をスライドショーにて拝見しました。この写真集は、まさに文明の澱みのような場所にたたずむ人びとを写真家独特のまなざしで撮影した優れた写真集だと思います。独特のまなざしとは、突き放すでも寄り添うでもない、極めてニュートラルな距離感でホテルの逗留客を撮影している視線です。鷲尾さんの「極東ホテル」のスライドショーを見た私たちは、私たち一人一人がちっぽけであることを思い知らされると同時に、何らかの立場でこの世に参加していることを再確認します。孤独であってもなくても、私たちは社会に組み込まれているそのことから逃れることはできません。普段の暮らしにおいて社会に参加する意識をもつか持たないかは各自が自由に決めるとしても、誰かが苦境に陥ったことに対して責任のある立場で問題解決に参加することの重要性は、今回の震災とその復興でよりはっきりと意識する必要があるように感じられました。「極東ホテル」には孤独と同時につながりが描かれているのです。

最後のセッションは、被災地への義援金や文化芸術、教育に対するほんの小さな支えをアートや写真界隈から捻出しようというのがSocio Arteの枠組みについての説明とステートメントの確認です。震災当日の夜から明け方にかけて構想を練り、翌朝から動き出して早々に募金箱を制作、活動をすすめてきましたが、たくさんの方が賛同くださって一通り形になるには時間と大きな労力がかかるだろうことは容易に想像がつきます。なぜならアートにはまとまってある問題に構造をあてて解決するといった場や方法がなく、それぞれがばらばらに支援をするしかないのが実情だからです。Socio Arteの目論みは、まさにこの点に焦点をあてて緩やかでも構造をあてて考えてみたいという意思表示であったのですが、いろいろなアートの担い手に問いかけたもののやはり難しいだろうというのが大方の見解でした。しかし、僕自身は難しいとは思っていません。参加を通じて構造を作ることほど現代の日本に必要なものはないと考えるからです。

Socio Arte Kobe 2011のステートメントは以下の通りです。

  • 私たちは東日本大震災の悲しみを決して忘れません
  • 私たちはアートの価値を高め、日常の暮らしに根ざしたアートの活動がかなうよう日々努力します
  • 私たちは制作したまたは手にした作品を愛なで、日々眺め、被災地を思います
  • アートに参加する私たちアーティスト、枠組み実施母体、作品購入者は、アートを通じて被災地に長く大きな支援を届けます

Socio Arte Kobe 2011にご参加くださりありがとうございました。
どうぞ今後ともよろしくご支援をくださいますようお願いいたします。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖巨大地震とその津波による被害は、16年前に巨大な地震に襲われて大きな被害を被った神戸に住む私たちにとっても非常に衝撃的でした。政治や経済の混迷で不安な未来を抱えている私たちは、相次ぐ地震の被害に、実生活という現在のリアルな場においても決して災害が自らと無縁ではなく、震災列島に居を構える民であるという覚悟を決めて生きるしかないという事実を思い知らされるのです。

神戸の、世界にも例を見ない自然の猛威の被災地としての地位は、16年後の今日東日本のそれに取って代わられ、また東日本もいつかどこかで発生するより大きな自然災害によって取って代わられる、こんなサイクルが今後も成立することはほぼ間違いないわけで、とすれば私たちは過去の負債を清算するどころか、未来に向けた巨大な保険をかけて生きていかなければならないということになるのです。そのために払うべき膨大な努力のことを考えると、あきらめにも近い気持ちに陥ってしまうのです。その膨大な努力とは、地震や津波に強いインフラを整備し、また災害に強い都市計画を立案し、災害が起こった際の復興に充てられる資金を常にまた大量に用意することです。しかし、この国はすでに巨額の累積財政赤字をかかえ、赤字国債を乱発するにしても、負の遺産を多くの子孫に残す他に道はない状況です。この状況を打開する唯一の方法は、人々がそれぞれの持てる力をこころよく出しあって社会に奉仕することしかありません。それは政治に参加して安定した政権を作ることや、経済の停滞に耐え低コストで慎ましやかな生活を実行すること、さらには国家の安定と繁栄に覚悟をもって参加することであるはずです。浮ついたメディアを一喝し、アマチュアリズムがはびこる世相をこそ、正しながら歩みを進めるしかありません。

誰かが必ず責任を取らなければならないことを前提とする社会は、誰もが参加し責任を共有して集合和から解決策を見いだす社会とは明らかに異質です。誰かが必ず責任を取らなければいけない社会のメンタリティーとは、結局のところ大量の責任を負いたくない人たちの存在を認め不参加に追い込んで社会の構造を骨抜きにし、多くの苦労を一部の人たちだけに負わせ責任を押し付けるきわめて危うい社会と言えるのです。この国はあらゆる局面で社会のシステムや人々の社会参加の方法自体を考え直さないといけない時期に来ているのではないかと思われます。

このような国に私たちは住んでいます。

Socio Arteは枠組みです。ここに参加する人たちは自らの意思でここにいます。誰も強制することなく、ただ参加しています。より多くの方が参加していただけるよう、5月1日(日)午後4時からギャラリートークを開催します。

第一部 写真家の見た東日本大震災
兵庫県出身の写真家鷲尾和彦さんが、被災地に入り撮影した写真を公開。津波などの被害を追体験しながら被災地の悲しみと恐怖を共有します。(担当:鷲尾和彦さん)

第二部 神戸は復興したか
阪神淡路大震災の際、被災地の中心地の大学病院で壮絶な医療活動に携わったTANTOTEMPOディレクターが、神戸の震災からの復興の過程を紹介、会場から震災体験をインタビューし、復興につなげるべき支援の要点を話し合います。(担当:杉山武毅)

第三部 「極東ホテル」に見るひとの存在の尊さ
写真集「極東ホテル」に見える人類の多様性、ひとの存在の小ささ、また世界の一構成員としての大きさから、社会に今後どのように関わればいいのか、という問いかけの回答を模索します。(担当:杉山武毅、鷲尾和彦さん、会場)

第四部 神戸からのメッセージ・みんなに伝えたいこの気持ち
東日本大震災翌朝に神戸から立ち上がったSocio Arteの活動をして、今後どのようなメッセイージを発信するか。その基本的なステートメントを検証し、全国、被災地、全世界に向けて発信します。

参加無料 お申込不要です。ぜひ皆さまにお越しいただきたいと思っています。
東日本を襲った大震災は、明らかに阪神淡路大震災よりも深い傷跡を残しそうな様相を呈しています。町や村が丸ごと津波に押し流された映像を見るにつれ、直近の被災者救助や物資食料の支援は最大限国力を挙げて行うべき最優先の課題であることは疑う余地もありませんが、震災の復興がどのように進められていくのか、という点にも思いを巡らさない訳にはいきません。

町がもはや町の様子をとどめておらず、学校や港湾、道路、病院機能といったインフラのすべてを失ってしまうと、さらには第一次産業である漁業の壊滅的被害や農業特に田畑の流失・塩害を考えると、その地に仮設住宅さらには復興住宅を建築して、田畑の塩抜きをして、道路を造って橋を渡して、学校を整えて、病院を再建して、と途方もない時間と資金と労力が費やされ、さらにそんな町が無数にあるという途方もない現実を突きつけられ、呆然と立ち尽くすしかない気持ちになるのです。

神戸で震災を経験した時、がれきの積み上がった街を見て復興など不可能ではないかと思う気持ちもありましたが、3週間もすれば人々のささやかな営みの中から不思議と再興への勇気のような感情がみなぎってきた記憶があります。しかし、それは途方もない現実に向き合うときに必要な組織的な復興へのかけ声が、民族や地域を越えて、持続的かつ高らかに続けられてきたから感じられたものだと考えています。街を復興させるという一大プロジェクトは、あらゆるリソースを持続的に集め、強力な政治と指導力のもと、各界各層の調和によってのみ実現可能だと確信できるのです。

ある町の教育や文化リソースがある日こつ然と消えてしまった場合、僕たちはその復興のために何ができるかを考える必要があります。アートの活動から支援できる方法論とは、誰がいつどのような方法で誰を(何を)どの程度復興させるか、を考えることだと思います。そこで僕は一つの方向性を示してみようと考えました。それがSocio Artsです。

ソシオという言葉でもっとも知られているのは、FCバルセロナというスペインリーガのサッカークラブの運営構造です。スペクタクルで強大なサッカーチームのもっとも根幹をなす組織は、15万人ともいわれる全世界の会員がささえているソシオです。総資産10億ドルという途方もない資金構造が支えるのが、世界一のサッカーチームだというのはとてもおもしろいことで、日本では考えられないことだと思います。ここには一貫したチーム愛と、サッカーというスポーツへの参加があり、持続的で熱狂的な支援は途切れることがありません。そのかわりチームはスペクタクルなプレーを義務づけられ、優勝という目標に向かって一丸となって邁進できるのです。

アートが社会参加して町を復興させることはできません。しかし、アートが参加して持続的かつ効果的に何らかの社会インフラを支えることは可能かもしれません。僕は震災について個人的な義援金の支払いは行いましたが、やはりアートという構造から支えるものとしては、教育インフラと文化芸術あたりに狙いを定めて支えてみようと考えています。アートに参加する人々が一斉にではなくても少しずつ参加するソシオのような構造をまず作り、その構造が認証する憲章やロゴのもと展覧会を開催し売上金の一部を捻出し、募金箱をおいて募金を募り、2年なり5年なり少しずつでも支援の輪を広げることができれば、学校の一つや二つは建てられるのではないかと考えています。

バラバラな構造なきアートがあちこちでチャリティーを組んで活動を始めています。それぞれが尊いことには違いはありません。しかし、アートにとってもこんなまとまる機会はありません。せっかくですのであらゆるアートの担い手がまとまって、構造として教育や芸術文化を被災地に呼び戻す大きな活動へと発展させられたらどれほどすばらしいだろう、と考えるのです。ソシオのようなうねり、ソシオのような小さな愛の積み重ねのような巨大な力を、途方もなく大きなものを失った人々におくりたいと願っています。

ぜひSocio Artsという一つの考えを読み取っていただき、ご賛同いただけるのであれば一つの統一ロゴ、一つの憲章のもとに活動してくださるようお願いいたします。すでに大きな強い枠組みがあるのであれば、私たちもぜひそこに合流させてください。文化庁や文部省、地方自治体、美術館などにも働きかけられる支援組織を構造し、ぜひ多くの文化芸術の担い手のみなさんとともに社会参加、復興支援に挑戦したいと思います。
R0010696.jpg萩原義弘さんの"SNOWY III"が始まりました。

今日は萩原さんも在廊され、2年前の展覧会から現在までのそれぞれの活動と成長と話し合いました。

2年前、TANTOTEMPOはまだ生まれたばかりの幼いギャラリーで、萩原さんに直接メールで展覧会をお願いし、受け入れてくださったところからTANTOTEMPOのギャラリーとしての方向性が決まったといってもいいほど、"SNOWY"の展覧会はすばらしい反響がありました。一方、萩原さんは"SNOWY"の世界観が幾重にも重なるような厚みを作ること、またドキュメンタリーでありながらアートとして解釈しうるお手本のような作品制作、さらには造形としてのSNOWYとストーリーとしてのSNOWYを見事に両立させての東川賞の受賞と、まさに円熟の凄みを見せてくれる今回の"SNOWY III"です。

僕たちが正統派の写真を一義に取り上げているのは、まさにこの一点に尽きるのです。誰が見ても美しい、誰が見てもわかりやすい、その作品の価値が人類の普遍的な考えによって体系づけられ解釈されるもっとも基本的なスタイル。写真の写真たる本質に向き合い、おごらず、媚びず、きわめて上品に写真という構造に寄り添う、そういう考えで制作された作品群だと思います。

今回はRCペーパーに大伸ばしにされた迫力のある銀塩作品も持ってきてくださり、ギャラリーでひときわ輝いています。

萩原義弘さんの"SNOWY III"。ぜひTANTOTEMPOでご覧ください。
R0010466.jpg1月8日から開催してきました細江英公写真展「花泥棒」が終了しました。

会期中、予想を遥かに上回る方がギャラリーを訪れてくださり、また順調に作品も販売されました。この販売数は細江英公さんも驚かれるほどのものでした。「神戸は熱いですね」という言葉が物語るように、文字通り熱心な写真ファン、細江ファンに支えられた写真展だったと思います。同時開催した神戸ファッション美術館の写真展「ファインダーから視た肉体」展も非常に高い評価が伝わってきており、珍しい「ルナ・ロッサ」や「抱擁」の大作品が見れるとあって多くの方が訪れてくださったようです。TANTOTEMPOのトークショーも早い段階から多くの予約をいただき、終盤参加をお断りしなければならないほどでした。神戸ファッション美術館の講演会も、たくさんの方がお聞きになっていたのが印象的でした。

「花泥棒」のシリーズについて、細江さんご自身がTANTOTEMPOで展示をご覧になって話された言葉がとても印象に残っています。

「うん、なんだかまとまって見てみるといいもんですね、いい作品たちだねぇ。最近はこんな展覧会は滅多にないからねえ。」

細江英公さんともなると、ほとんどの写真展は大掛かりで、また多くの有名なシリーズは作品が分散してまとまって展示されることは少なくなるだろうし、大作品やこのところよく見られる屏風や絵巻に見立てた作品を展示されることが多いのだと思います。単一のシリーズが全作品、しかも1960年代という細江英公さんがもっとも尖った表現を連発していた頃にさかのぼるシリーズが再発見されて写真集として世に出されたこと、それをTANTOTEMPOで展示できたことはとてもすばらしいことだったと思っていますし、代表的なシリーズに劣らないすばらしい価値がある作品シリーズだと考えています。「薔薇刑」「おとこと女」「鎌鼬」などの主要な作品の陰で埋もれていたこのシリーズに光が当てられることになったことを、細江さんご自身も喜ばれているのではないかと思います。

TANTOTEMPOでは引き続きこの作品を世に出すお手伝いをさせていただこうと考えています。

最後に、TANTOTEMPOにて作品をお買い上げくださった方について、このシリーズの作品を保有されることの意味を皆さんがとてもよく理解なさっておられるのが印象的でした。多くの方はTANTOTEMPOで他の写真家の作品もお買い上げくださっているTANTOTEMPOとしては写真作品の受け手でありコレクターともいえるすばらしくまたありがたい方達ですが、今回は新たに参加してくださった方がおられたのはとても嬉しいことでした。優れた作品の価値の共有が点ではなく面でなされたことが細江英公さんをうならせたのだと思います。そういう意味で、神戸も東京に負けない写真文化を持てる可能性はあると思えるし、そういう点でも非常に有意義な写真展だったと思います。皆さんにこころから感謝を申し上げます。

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