2011年4月アーカイブ

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖巨大地震とその津波による被害は、16年前に巨大な地震に襲われて大きな被害を被った神戸に住む私たちにとっても非常に衝撃的でした。政治や経済の混迷で不安な未来を抱えている私たちは、相次ぐ地震の被害に、実生活という現在のリアルな場においても決して災害が自らと無縁ではなく、震災列島に居を構える民であるという覚悟を決めて生きるしかないという事実を思い知らされるのです。

神戸の、世界にも例を見ない自然の猛威の被災地としての地位は、16年後の今日東日本のそれに取って代わられ、また東日本もいつかどこかで発生するより大きな自然災害によって取って代わられる、こんなサイクルが今後も成立することはほぼ間違いないわけで、とすれば私たちは過去の負債を清算するどころか、未来に向けた巨大な保険をかけて生きていかなければならないということになるのです。そのために払うべき膨大な努力のことを考えると、あきらめにも近い気持ちに陥ってしまうのです。その膨大な努力とは、地震や津波に強いインフラを整備し、また災害に強い都市計画を立案し、災害が起こった際の復興に充てられる資金を常にまた大量に用意することです。しかし、この国はすでに巨額の累積財政赤字をかかえ、赤字国債を乱発するにしても、負の遺産を多くの子孫に残す他に道はない状況です。この状況を打開する唯一の方法は、人々がそれぞれの持てる力をこころよく出しあって社会に奉仕することしかありません。それは政治に参加して安定した政権を作ることや、経済の停滞に耐え低コストで慎ましやかな生活を実行すること、さらには国家の安定と繁栄に覚悟をもって参加することであるはずです。浮ついたメディアを一喝し、アマチュアリズムがはびこる世相をこそ、正しながら歩みを進めるしかありません。

誰かが必ず責任を取らなければならないことを前提とする社会は、誰もが参加し責任を共有して集合和から解決策を見いだす社会とは明らかに異質です。誰かが必ず責任を取らなければいけない社会のメンタリティーとは、結局のところ大量の責任を負いたくない人たちの存在を認め不参加に追い込んで社会の構造を骨抜きにし、多くの苦労を一部の人たちだけに負わせ責任を押し付けるきわめて危うい社会と言えるのです。この国はあらゆる局面で社会のシステムや人々の社会参加の方法自体を考え直さないといけない時期に来ているのではないかと思われます。

このような国に私たちは住んでいます。

Socio Arteは枠組みです。ここに参加する人たちは自らの意思でここにいます。誰も強制することなく、ただ参加しています。より多くの方が参加していただけるよう、5月1日(日)午後4時からギャラリートークを開催します。

第一部 写真家の見た東日本大震災
兵庫県出身の写真家鷲尾和彦さんが、被災地に入り撮影した写真を公開。津波などの被害を追体験しながら被災地の悲しみと恐怖を共有します。(担当:鷲尾和彦さん)

第二部 神戸は復興したか
阪神淡路大震災の際、被災地の中心地の大学病院で壮絶な医療活動に携わったTANTOTEMPOディレクターが、神戸の震災からの復興の過程を紹介、会場から震災体験をインタビューし、復興につなげるべき支援の要点を話し合います。(担当:杉山武毅)

第三部 「極東ホテル」に見るひとの存在の尊さ
写真集「極東ホテル」に見える人類の多様性、ひとの存在の小ささ、また世界の一構成員としての大きさから、社会に今後どのように関わればいいのか、という問いかけの回答を模索します。(担当:杉山武毅、鷲尾和彦さん、会場)

第四部 神戸からのメッセージ・みんなに伝えたいこの気持ち
東日本大震災翌朝に神戸から立ち上がったSocio Arteの活動をして、今後どのようなメッセイージを発信するか。その基本的なステートメントを検証し、全国、被災地、全世界に向けて発信します。

参加無料 お申込不要です。ぜひ皆さまにお越しいただきたいと思っています。
R0010837.jpgSocio Arte Kobe 2011の写真展に際し制作したビルエントランスのポスターには二つ謎掛けがしてあります。

このポスターに隠された謎を2つ解いた方には井本礼子さんのオリジナルプリントをプレゼントします。オリジナルプリント代は僕が個人的にサポートします。

TANTOTEMPOにやってきてSocio Arteの写真イベントに参加し、謎解きをして被災地を支援しましょう。

僕としても回答を寄せてくださるかたを楽しみに待っています。

それにしてもしゃれた謎掛けです、ホント。
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Socio Arte Kobe 2011が始まりました。

初日からたくさんの作品が販売され、スタートとしては上々だったのではないかと考えています。大雨の中オープニングからお越しいただいた熱心な写真ファンもいらっしゃって、本当に頭が下がる思いです。本当にご協力ありがとうございました。

人気の写真家から売れていくのだろうと考えていましたが、実際には幅広い、ご訪問くださったそれぞれの方の好みでお買い上げいただいた感もあり、今後どんな風に作品が売れていくのかも、支援額の大きさと同様大変楽しみです。

この震災復興支援という目的が形骸化せずに続くためには、仕組みとしての支援活動が必要だと考えていて、アートを通じた支援がある意味最も理にかなった支援なのではないかと思っています。つまり、義援金を募金箱にただ入れるという行為にはいつしか疲れと忘却がつきまとい、その行為自体はすたれていく可能性がある反面、アートというリアルに手に入るものと支援を組み合わせる方法はその行為にコレクター、アーティスト、ギャラリー(枠組み)と参加する人が多い分、とても参加しやすい支援のモデルになるのではないかと思うのです。アートを買うことで支援に参加し、作品を眺めることで支援に参加したことをポジティブに認めあい、また作品を災害と結びつけて記憶に留めていく、アーティストとしても社会参加をすることで作品の価値を問えるといういいエコシステムがあるのではないかと思います。

あと9日間。人気写真家から実力派、若手と作品への興味が広がって販売されることを祈っています。

皆さまのご協力をお願いいたします。


steps.jpgSocio Arte KOBE 2011がいよいよ今週末4月23日(土)から始まります。大変実績・実力のある写真家みなさんのものすごくレベルの高い作品がものすごい数届いていて、準備もままならない状態です。展示方法を含め、写真販売の具体的方法などもなんとか決定しましたが、とにかくいくつもの工夫が必要で、またチャリティーという性格上、作家のご厚意を消してしまうこともできず、身震いがするほど怖く、また祈るような気持ちでいます。

今回の大震災は、日本という国のそもそもの立地を含めて、社会のあり方、日本の政治や経済の真の力、人々の善意や社会参加の意識とその解釈、日本のメディアの特殊性、国家と個との関係性についての人々の考え、大量生産大量消費、知識人の知識の平坦化など、さまざまな問題を浮き彫りにしながら、復興への模索が続いています。

この1ヶ月の間、日本各地では様々なアートの支援策が開催され、それぞれに大きな支援を被災地に寄せています。それは大変すばらしいことで、大変心強く思えます。しかし予想したとおり、アートという構造がその構造の一体感を示すことにはついにならなかったと思います。日本にはそもそもアートの構造などなく、自律的でポジティヴなセクターがそれぞれのできる支援をそれぞれの思惑で行うという、きわめて日本的な対応をとりながら進むほかないわけで、TANTOTEMPOも言ってみればそのうちの一つ、というところなのでしょう。明日からTANTOTEMPOの出番となりました。精一杯作品を売り上げ、支援に参加しようと思っています。

Socio Arte Kobe 2011の最も大切なミッションはお金を作ることです。アートという価値あるものをアーティストから無償で提供していただき、それをアート、写真ファンにお買い上げいただいてお金に換え、被災地に送ることをミッションにしています。従って一枚でも多くお買い上げいただき、一円でも多くのお金を集めることだけを考えています。アートファン、写真ファンとしてギャラリーに来てくださる皆さまの意識にもこの点はあえて訴えておきたいと思っています。これは写真展ではありません。皆さまにご参加いただいて地震で壊れ津波で流された町の復興をお手伝いする壮大で生真面目なイベントです。ぜひお誘い合わせの上、ギャラリーにお越しになり、一枚でも二枚でも写真を買ってください。ご協力をお願いいたします。

ご参加いただく方法は以下の通り。

  1. TANTOTEMPOにお越しいただく
  2. 気に入ったイメージがあればご購入いただく/募金箱に募金をいただく
  3. 購入いただいた写真はお部屋に飾る
  4. TANTOTEMPOは皆さまのかわりに義援金を被災地にお送りする
  5. 東北の方々を支援する

どうぞよろしくお願いいたします。

R0010729.jpgTANTOTEMPOで開催されている徳平尚彦さんの写真展が好評です。連日たくさんの方が来廊され、一連の写真に漂う謎めいた雰囲気を楽しんでおられます。

写真という特性を考えた時、例えば街のスナップから撮影された時間や場所を推定することができるように、ある種写真の事前性・事後性、真実性を問いかけ、リアルなイメージの中の主体の抽出を試みている点で徳平さんの作品はおもしろいと思います。つまり、街の断片を切り取る作業には必ずと言っていいほどその街の分解と同時に街を再構築し解釈しようとする試みが付随し、そのこと自体が街を理解するきっかけになるのではないか、というコンテクストが込められているのだと思います。CRYPTOGRAMを直訳すると「暗号化」なのであり、記号化している訳ではないのです。抽出したイメージの中にどうしてその被写体が在るのか、という素直な疑問があり、全体として理解不能なモノに「何か意味がある」つまり「暗号化」されて解釈を試みるべきものが隠されているのではないか、という写真家のまなざしを向けるのですが、おそらく写真に読み取れる実際の意図は別のところにあると考えられます。都市は現在の日本ではあらゆる点で疲弊しているように見えます。高度成長期に建てられた団地やその周辺の都市構造は、中心部の華々しい輝きと異なり、年月と人々の勝手気ままな都市構築に翻弄され、現在はもはや都市としての魅力を発揮できなくなっているように感じられます。パリやロンドン、多くのヨーロッパの都市の光景には暗号を探すよりまずその街特有に歴史的な佇まいがあり、構造があることに誰もが気づかされます。ここ日本では、まず都市が衰退し、大きな予算を使って恣意的に再構築を試み、いつの間にかそれも廃れ、別の場所に注意が向けられ・・・。そういうことが続いていくように感じられます。徳平さんは、そういった人間の勝手気ままな都市の構造に焦点を当てているように思うのです。暗くコントラストの強いイメージ、何か意味不明な街角のサイン、それらがまるで都市の崩壊に伴ってその場所にマークされていく、そんな印象を受けるのです。

皆さんはどうお感じでしょうか。

徳平尚彦さんの写真展は4月17日までです。16日午後4時からギャラリートークを開催します。参加無料ですので、ぜひTANTOTEMPOにお越し下さい。