昨年末の写真分離派宣言の立ち上げトークショーに続いて、先日も鷹野隆大さんと松江泰治さんのトークショーがあったので、日帰りで東京に行ってきた。
結論から言えば、鷹野さんと松江さんは同床異夢、「写真」というものに関わるスタイルがそもそも異なり、ともに従来の「古い」写真がたどるであろう道程に危機感はあるものの、鷹野さんはそれを感傷的に、松江さんは実際的にとらえている印象があり、何とも噛み合ないトークになってしまったのが残念だった。
1月29日の日経新聞文化欄に「写真とは何か、問う」という記事が掲載され、ホンマタカシさんの写真の考え方と写真分離派宣言の鷹野隆大さん、鈴木理策さんの意見が紹介されており、それぞれが異なった写真論を展開しているところが興味深く、トークショーに期待をもって臨んだのだが、少し論点の見えないトークになってしまったのではないだろうか。
そもそも、この宣言の生みの親である鷹野さんの考えとは何なのか。トークショーは鷹野さんが松江さんに「古い」写真の背景にあるいくつかのキーワードについて尋ねることから始まった。
まず、松江さんが先頃TaroNasuギャラリーの展覧会で銀塩写真に並列して展示していたビデオ作品について鷹野さんが質問するところから始まった。そもそもどうして写真家が写真作品の展示だけではなくビデオも展示するのか。デジタルカメラに付属するようになった動画撮影機能を使っての動画撮影について、松江さんはビデオカメラなど振り回さなくても写真と同じカメラで撮れるんだ、だから面白いんだ、ビデオ映像の可能性についてなんらためらうことなく追求している、その追求は楽しくて仕方がない、と話し、写真の、特にストレートフォトや印画紙プリントの優位性を提示したい鷹野さんとしては最初から肩すかしを喰らったような感のつよい出だしであった。動画へのシフトが起こり写真がいずれなくなってしまうのではないか、との鷹野さんの危機感については、松江さんは「そんなことはないだろう、写真というものは決してなくならない。存在の位置づけはかわるかもしれないが写真は存続する」と考えを述べていた。
次に鷹野さんが提示したのは写真を追求するとプリントを制作するという職人技にたどり着く、「古い」写真というメディアとは1963年生まれの彼らが写真と関わるようになった1980年代からずっとカメラを通して撮影したフィルムを暗室においてプリントすることであり、作品についていえばプリント作業がその価値形成の大きな部分を占めていたのであり、カメラで撮影したものがプリントとして出力される全過程にこそ、写真家としての技と責任があるのだ、との持論を展開された。さらに、写真というメディアや技術が工業製品に依存して発展しており、たとえば印画紙やフィルムの相次ぐ消退に危機感がある、従来の写真がそのような形で消えていくことについてどう考えているのかを松江さんに問いかけていた。
これに対して、松江さんは実際的な対応をされていた。フィルムや印画紙がなくなるのは時代の趨勢、じたばたしても始まらない、自分が好んで使っていた印画紙はもはや販売すらされておらず、買いためた1,000枚の印画紙も使い切っていると述べ、それらがいずれ消えてしまえばそれに代わる写真、つまりデジタル写真の可能性について前向きに考えていくしかない、と応じていた。ただ、写真がモニター画面ではなくプリントや印刷物として出力され、それらが価値のあるものとして存在していくためには、やはり写真家が撮影も含め自ら作品制作の全プロセスに責任を負っている必要がある、それが写真の本来の姿である、と鷹野さんの持論に同調する場面もあった。
鷹野さんはデジタルで画像の加工編集処理を施しモニターなどで眺める写真と、ストレートフォトとして印画紙にプリントされる写真とが同列に並べられて評価されている、この状況はやはり考えものだ、分けて考える方がいいのではないか、と強調する一幕もあった。一方の松江さんは、その意味するところは認めつつも、カメラという機械を通して獲得するイメージは、そもそもひとの目を通して獲得するものとは違うのだから、いわゆる真実性を問うかどうかや、写真作品のストレート性やデジタル加工を施した施さないということを問題にできるのか、ストレートである写真、プリント作品のみが価値があるという意見には疑問を投げかける論調の意見を述べていた。
鷹野さんのいうところのいら立ちや危機感は、おそらく言葉に出して話されない別のところにも向いているような気がしてならない。フィルム写真の危機、というのであれば何も今に始まった訳ではなく、20年前にデジタルカメラが産声を上げたときには誰もが想像もしなかった今日の技術革新が根底にあり、広川さんなどの写真家がすでにゼラチンシルバーセッションなどの銀塩保護活動として描いているものと重なる部分も大きいはずだ。鷹野さんが慎重に言葉をつなぎながら説明をしているのをみると、もう少し根深いところで困惑があるのではないかとも思える。
写真というメディアは、その弱さや歴史の浅さゆえに、常に言語や映画、他のアートとの対比にさらされ、哲学、思想の論争の種になってきた。写真にはいろいろな立場や世界観が寄り添ってきたし、政治などにも利用され、作為的に改変されるなどゆがめられたりもしてきた。また道具を介する表現ゆえにその技術的な進歩の影響も大きい。カメラメーカーの資本やそれに影響を受けた権威などが付随する構造は写真社会ならでは、他にはない構造を作り上げて発展してきたともいえる。日本の写真を取り巻く構造の問題点を指摘することを論点にしないのであれば、複製画像技術としてのプリントの従来の質と今後訪れるであろう未来のプリントの質、映像ですら3Dや画像処理の技術革新が波動砲のごとく浴びせられていることを考えると、少し時代の動きを読み違えた感の強い論点であるような気がしてならなかった。つまり、あっさりと時代の流れに乗る器用な写真界隈、そもそも写真のプリントで苦労をしたことのないような若い世代の人たち、カメラを通じたツールとして写真をうまく使って作品を作る現代アーティストなどの活動やその作品の価値なども写真の拡張として受け入れるかどうかという問いかけにすらなっていない問題提起であった可能性もあり、全体として感傷的な印象のみが目立ってしまったトークショーだった。
加えて、これは僕も質問しようかどうか迷ったのだが、写真分離派宣言の活動での実践とは何なのか。まさか宣言をだし、写真展を行い、トークショーを開催することで終わる訳ではあるまい。ストレートのフィルム写真を保護的に囲い守っていくのであればそれも僕自身はありだと思っている。でもそれは誰かが勝手に分離を宣言してかなうことではない。若い世代の写真家が「古い」写真に参加することを難しくする可能性があり問題も多いだろう。一方で、テーマやコンセプト、モチーフといった写真の構成要素や、写真思想や技術論、新しいメディアやアートとしてのデジタル写真の技術や可能性の学術的担保、写真の社会性や制作上のモラル、写真資本との関わり、フィルムや印画紙メーカーの買収、いつでも写真の原点に回帰できるよう美術館などを整備するなど、構造インフラそのものを問いかけたり、ストレート、スナップ、センセーション、インパクト、ドキュメンタリー、ジャーナリズムなどといった写真を巡るあらゆる評価軸や方法をもう一度全体として整理する活動へと発展させるのであれば、それはそれで意味があると思う。そもそもそういう構造がないところから写真は閉じて閉塞していく印象が強く、アートフェアからも「写真」というカテゴリーが消えていくところが増えているという。写真の面白さと価値を守る方法は、あらゆる方法を受け入れた上での活発な意見交換をすることであり、以前に書いたフラットな状況に抑揚をつけ、リズムを打ち、旋律を作ることであるはずだ。
写真は面白く、また写真はつまらない。これは写真に関わるようになって8年あまりの僕の実感だ。写真に関わるひとも同様、それがポップコーンのバレルの底にバターにまみれてうごめく、とは言い過ぎだとのおしかりを受けたが、一方で賛同者も多い。写真やカメラ熱にほだされてはじけたのはいいが、バレルから飛び出すのは簡単ではない。バターを塩に変え、バレルの壁を低くして、はじけるための温度を低くして、はじける種とはじけない種をうまく選別する、こういう変革を行うにもシステムが機能するしかない。
ぜひ鷹野さんたちには宣言の上に実践を構築していただき、写真の種類に関わらず写真の面白さが際立つような世界を構築する手助けをしてもらいたいと思っている。木村伊兵衛賞写真家や評論に責任をもつ人たちが立ち上がった訳だから、そればかりは実践していただきたいと願っている。
