2010年12月アーカイブ

R0010425.jpg(写真は高橋あいさんの作品の前で。
左から、笠野、木村、カマウチ、保坂、かわさき、臼井の各氏。)

12月11日から開催してきましたTANTOTEMPO pure写真展が本日終了しました。

昨日は写真家が集まってのトークセッションおよび忘年クリスマス会を開催、たくさんの方がTANTOTEMPOに来てくださり大変盛り上がりました。

写真展は初年度、昨年とはことなり、写真家はすべて僕と代表のレビューとセレクションを経由しての参加となっており、一定のレベルを要求して決定された写真展となりました。恒例のリビングルームの設置から始まり、ステートメントや価格表を写真家が用意する、搬入搬出も基本的に写真家が責任を持って行う、トークセッションの参加を義務づける、など例年よりも少しハードルを高く設定して参加の意欲をも問いかける写真展となりました。関東からの参加者3名も、それぞれ搬入とトークセッション、搬出と2度とも神戸に来られ、熱心に写真展の運営に参加していただき、また関西の若き写真家の2人は非常に熱心に在廊しセールストークを試みていたのが好感を持てました。結果として14作品が販売され、1作品はTANTOTEMPOのコレクションに加わりました。

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今回の写真展の特徴は、すでにかなりの評価のある若手写真家を中心に据えたこと、また若い有望な写真家が参加したことだと思います。フライヤーにイメージを採用したHDRの保坂さんは、TANTOTEMPO pure展に参加が決まってからネットで応募可能なアメリカのポートフォリオレビューで立て続けにTop50入りするなど、非常に高く評価されているほか、東京と大阪のNikonSalonで8月11月と展覧会を開催した「ヤマ ムラ ノラ」の高橋あいさんも、どちらかというとジャーナリスティックな切り口ながら優れた作品を寄せてくださって観覧された方から非常に高い評価を受けていました。

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(写真はかわさきさん)若いかわさきさんと臼井さんは、写真歴がさほど長くないにも関わらず、あるコンセプトに忠実にわかり易い作風だったことから、多くの来廊者の目を釘付けにしていたと思います。かわさきさんは関西御苗場という写真の枠組みで僕自身が評価しての参加でした。また、臼井さんはTANTOTEMPOに熱心に通い写真集を数多く学習し、2度ばかりポートフォリオのレビューを経ての採用となった写真家です。関西御苗場でも高く評価されていたのと、Mio写真奨励賞にも選考に残っているとのことです。この2人は関西が拠点というだけあって、多くの時間を在廊し来廊者の対応を熱心に行っていました。文句のつけようのないすばらしい姿勢だったと思います。

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(写真は臼井さん)
木村さんは横浜からの参加でした。このかたは10月に開催したポートフォリオレビューを経ての参加でした。水平線、地平線をストイックに描いた作品が彼女の持ち味ですが、この展覧会ではあえて新シリーズの「植物」のシリーズを持って来ていただきました。技巧に走ったり多くを語ろうとする写真が多い中、ストイックな「植物」と空気感が高い評価を受けていたと思います。カマウチさんはスナップでの参加でしたが、もともと関西では活発に活動されており、楽しい展示だったと思います。意外な展示だったのかもしれませんが、写真の「写真」たる意味とその裏をちゃんと説明できる展示だった、という落ちのつくたくらみのある展示でした。

6名の写真家が参加してのトークセッションでは、まず僕がこの1年のTANTOTEMPOの活動の中からアルルや東京で活動されている様々な写真の担い手などと意見交換して見聞きした事柄をもとに写真の現在について所感を話しました。特に、「写真」の写真たる根拠について、非常にダイナミックな価値のシフトが起こっていることにふれ、そいういうシフトに危機感を持ったり、そのシフトをうまく利用して時代に向き合おうとする活動があることを説明しました。

その後、6名の写真家のそれぞれの写真活動を自身の言葉で話してもらいました。特に印象に残ったのは、臼井さんの日本の「郷」(さと)についての明確な定義だったと思います。日本人が黄金色に輝く田舎を見るときに必ず引き起こされる郷愁について、欧米の「郊外」に対する欧米の写真家のまなざしを引き合いに明確に説明されたのがすばらしかったと思います。

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トークショー後は馬場先生の恒例のブルースギターと、僕の(多いに失敗の)ボサノバ、そして二人でJohn Lenonを演奏して皆さんに楽しんでいただきました。持ち寄っていただいたワイン、シャンパンやものすごいレベルの高い食べ物など、いろいろなところで写真やその他の話題で交流いただき、片付けにも参加していただいてパーティーはお開きとなりました。大変楽しい写真展でしたし、TANTOTEMPOが成長しているのが実感できる写真展となりました。写真家や来廊される方々に育てていただいている実感があります。

ご参加くださった写真家の皆さん、来廊者のみなさんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

なお、TANTOTEMPOは1月8日の細江英公写真展まで休廊となります。このブログもこのエントリーが年内最後となると思います。

2010年の一年間、大変お世話になりありがとうございました。2011年もどうぞよろしくお願いいたします。
hana22.jpg細江英公さんの写真展を2011年1月に開催するのにあわせ、神戸TANTOTEMPOが細江英公さんを招待し2月5日にトークショーを、神戸ファッション美術館では2月6日に講演会を開催します。

これに合わせ、神戸TANTOTEMPOでは賛同者とともに「細江英公文化功労者お祝い神戸の会」を開催することになりました。

「お祝い神戸の会」では、神戸における写真文化を高めていく意志の強い方々を中心に、TANTOTEMPOと関わりの深いコレクターや美術館、ギャラリー関係者、一般の方に集まっていただいて、細江英公さんのお祝いをしたいと思います。また、細江さんにゆかりのある方にも少しだけお祝いの言葉を頂戴する会とする予定です。


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この会にこのブログを見ていただいている方を有料にてご招待いたします。











会の名称:細江英公文化功労者お祝い神戸の会
日時:2011年2月5日午後7時から(受付午後6時30分)
場所:神戸旧居留地オリエンタルホテル
会費:¥10,000(食事、ドリンク付き、着座形式)
特典:細江英公「花泥棒」特装版カタログ付き(観音折8P、5イメージ)、TANTOTEMPOトークショー付き(2月5日午後4時から)
募集:お申し込み先着30名さままで(都合により少なくなる可能性があります。あしからずご了承くださいますようお願いいたします)

どうぞたくさんのお申し込みをお願いいたします。

R0010240.jpg12月1日、ギャラリーの休業日を利用して甲南大学の写真部の学生を招待し「写真を読み解く会(仮称)」を開催しました。

この会は、もともと甲南大学の写真部の学生さんたちがTANTOTEMPOの写真展を観覧に来られた際に、少し声をかけて写真部の学生の写真アートに対する認識について尋ねてみたところ、写真の理解につながるアートの理解が難しいとの発言があったことから提案した企画です。将来的には学生の中から代表を決め、兵庫県下の参加を希望するあらゆる写真部を有する大学に声をかけて、この読み取り会を発展的に拡張する計画で、さらにいくつかのプロジェクトを提案する企画としていくことを提案しています。

初めての会ということもあり、最初は皆さんとても緊張されていたと思いますが、会の趣旨や方向性を説明する中で、日本の社会の不具合は社会参加するものと社会参加をしないものとの分断にも一つの原因があるのではないか、皆が少しずつ力を出し合って社会をよくする方向に向けていくしかないと説き、学生が自主的にプロジェクトを構成していくよう促すことを伝えると、皆さん輝いた目で互いを見合って意気高揚していく様子でした。

会では、まず僕を含めて皆がどのような美術教育を受けて来たかを尋ねてみました。この問いには、すべての学生が全くと言っていいほど美術教育を受けていないことがわかりました。次に、どうして世の中に「アート」というものが出現したのか、アートが評価され価値体系の中に組み込まれていった経過、写真の歴史、写真の評価など、誰か合理的な説明ができないか?と尋ねてみました。これらはギャラリー活動を導いてはいるが美術の基礎教育もろくに受けていない僕にも単純には説明不可能なことですし、学生の皆さんにも難しい質問です。そこで、これらの項目について皆がどのような認識を持っているのかをもとに、どのような教育があればこれらのことに答えられるようになるか尋ねてみました。案の定、ほとんどの人は推定的にしか説明はできないけれど、それらのことを知りたいという意欲があり何らかの教育があればこれらの質問にも答えられるようになるかもしれないし、そういうことが理解できるようになることが生きていくことの価値を高めると考えていることがわかりました。学生の皆さんがどうしてこれらのことに答えられないのかについて、パリのルーブルやオルセーなどの世界に名高い美術館に遠足でやってくるフランスの子供たちの教育環境、アルル国際写真祭が多くの高校生や中学生のアート教育に利用されている現状をもとに話してみました。私たちが、いわゆるインフラのない美術教育を受けているのといかに違うかについて説明してみました。これらの説明で、やはり何らかの美術の理解を深める機会があれば美術やアートの基本的な考えが身に付く可能性があるということが理解されたと思います。

次に、どのような「機会」を「誰」に対して「いつ」提供するのがいいのか、僕なりの考えを伝えてみました。学生たちは将来写真家を目ざすことはなく、全員今後普通に就職活動をすすめて社会に旅立つ方ばかりです。その点は、写真専門学校や芸大の学生とは一線を画せる訳です。そこで、彼らには作品を制作側としてではなく、いわゆる観覧者や批評、エンドユーザや消費者、教育や学術という立場でアートを見つめてもらい、アートを理解するのに役立つ程度のいい教材を特に高校生向きに作成することを提案してみました。その要点は以下の通りです。

  • 一校一テーマ、各テーマにファシリテータを設定する
  • 夏休み、春休みを利用して、大学代表数名が全体的なスケジュールのもと一流の写真家やアーティスト、美術家、評論家、学者などにインタビューする
  • 写真展やアート展の大きなものに赴き、内部から取材に応じてもらう
  • テーマは、アートの歴史、アートの価値と流通、アートを読み取る、世界を変えたアート、社会とアート、前衛、アートと言論、コミュニケーションとメディアなどで構成し、それぞれに長けたファシリテータを用意し、事前に設問などを協議し、インタビューを収録する
  • インタビューした内容を学園祭などで発表することを本活動の趣旨とし、そのためにビデオを教材ビデオを編集、上映会を開催し、一般観覧者、高校教育の美術教育現場をみている先生を招待し評価を求める
  • 評価が高い教材は採用とし、評価が低いと再編集するか再取材するか検討する
  • 編集映像をテーマごとに分類し、10−20巻の全集形式のDVD集にまとめ、まず県下の20の圏域の第一次一般高校に美術教材として無償配布する。20の圏域の第一次一般高校はそれぞれDVD集の10コピーを同じ圏域の高校に配布、すみずみまで行き渡るよう配布プログラムを構成する
  • 配布が全国に行き渡った段階で、英語バージョン、また小学生、中学生向きのバージョンを作成する。これらはYouTubeなどに掲載し、万人に観覧してもらえるようにする

こんな流れになるかと思います。すでに細江英公氏や複数の写真家、ギャラリーや美術館、教育機関などに協力を要請し了解を得ていることを伝えると、大きな歓声が沸き上がりました。また、口頭でこれらの計画を話したところ、ファシリテータとして名乗りを上げてくださるアートの担い手、教育者もでてきており、神戸・関西から世界中に発信できる教材を目指して活動を行うことについて、学生の皆さんの感想を聞いてみました。すると、もう皆なんともいえない誇らしい顔つきになって、キラキラ上気した表情で興奮しているのがわかりました。

次回の会は年明けに第2回の会を開催し、会の名前を決めたり、写真集を特にスナップ系の写真の読み解き会を行い、活動のスケジュールなどを話し合います。近くHPやメイリングリストを作りアップします。

これらのプロジェクトに興味を持っていただけるかたでファシリテータになってくださるアートの担い手(ギャラリスト、キュレータ、学芸員、大学アート系教員、高校写真部顧問など)を随時募集しています。また、予算やメディアで協力をいただける方のご連絡をお願いいたします。

なお、会の様子は見学可能です。事前にご連絡をお願いいたします。
TANTOTEMPOは12月23日(木・祝)を営業いたします。本来祝日は定休なのですが、TANTOTEMPO pure展開催中でたくさんの方にお越しいただきたいため、営業することにいたしましたのでお知らせいたします。

TANTOTEMPO pure展は4日目、既に2作家、2作品が販売されています。

皆さまもぜひTANTOTEMPO pure展にお越し下さい。

不在の構造

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高木こずえさんの写真集"MID"と"GROUND"(ともに赤々舎)が今年の木村伊兵衛写真賞を受賞したとの報をうけ、いろいろな思いに至った人は多いだろう。僕の周りでも賞賛の声があがった反面、批判的な意見も少なからずあったと思う。批判の多くは高木さんに向けられたというより木村伊兵衛賞そのものに向けられていた。

受賞されてからもうずいぶん長くなる。高木さんの受賞以来、僕自身もずっと何か書くべきことがあるのではないかとの思いを引きずって悶々としていたし、実際いろいろな断面でこの事柄についてコラムの原稿を書いてきたのだが、何を書いても今ひとつぴんとこないものばかりで公開せずにきてしまった。しかし、6月には宝塚メディア図書館で、10月には甲南女子大学の講演会で2度ばかり高木こずえさんのトークショーを聴講したことから、僕なりに考えがまとまってきたような気がする。甲南女子大学の講演会は僕が働きかけて実現したものだったし、その後TANTOTEMPOにも来てくださったので、いろいろお話しすることができた。お会いすると非常にまじめな人物で、快活ではあるがどちらかというと思慮深い感じの印象を受けた。当のご本人も「私はいたってまじめですよ。」とおっしゃっていたのが印象的だった。

さて、高木さんの木村伊兵衛賞受賞である。この受賞から受け取ったメッセージはいろいろあるが、ひと言でいうと、写真に不理解やわからなさがあってもいいのだ、という考え方の台頭、つまり明示的なテーマやコンセプトがもはや写真の中心的な要素ではないという新たな写真の構造を認定したというべきなのかと思う。"MID"と"GROUND"はともにわかりにくい作風で、従来の木村伊兵衛賞とはまた異なった論理で選ばれている、と考えることもできる。それがどういう論理なのか知る由もないが、誰も明確に説明できていないところをみると、本当はそんな論理などなく何か新しい構造を写真界が作りたがった、と見ることもできそうだ。とするとこの「写真界」という全体は何によって構成されていて、それがどのような「構造」をもち、何をauthorizeしているのか、という率直な疑問がわき起こる。日本の写真界にAuthority権威があるとして、その権威をAuthorizeするものがある種の機関なり構造だとすれば、それはここ日本では何なのか。どういう写真の機関がそれを認証し、評論家なり写真展選者をauthorizeし、写真の権威ある賞を与えているのか。しかし、掘り下げるまでもなく、日本にはそんな機関や構造はない。写真の機関や構造は、明確に不在なのだというしかないのが現状かと思う。よって当然のことながら、日本の写真賞で国際的に評価を共有しうるものなどない。

ここでは、高木さんの作品のわかりにくさを通じて、写真の構造の「不在」の話をしたい。

パリフォトやアルルの写真フェスティバルを見ていても、写真表現はあらゆる方向に拡散しているように見えるが、そのこととここ日本での状況はまるで違う。ここ日本では、欧米の身体、感覚や精神の拡張を美の観点から追求しているのとは異なり、写真表現は個人や内面に収斂し続けており、非常に小さいか狭い範囲のテーマの上で構成されることが多くなってきている。また、ある種の規範やルールという文脈でとらえられていた写真のリテラシーをかなぐり捨てる作風も出現している。それが写真の読み解きを非常に困難にしているのだ。時代はまさにSuper IndividualismあるいはPixel Expressionismの時代に突入していて、写真というメディアに本来備わっていたはずの根本的な伝搬装置を失っているかのように見える。写真は美ではなく表現の強弱すなわちインパクトそのもの、またセンセーショナルな一発芸を狙った図式すなわち個人的な生活環の暴露に高得点が与えられるような風潮が出現しており、「新しい表現」という言葉の意味性をわざわざ「インパクト」と読み替えて強調する界隈がもっとも華やかだ。つまるところ、それは何か表現の本質から遠い部分の、おそらく写真家にまつわる話題性を加味した部分にさえ、写真展の選考において評価すべきポイントがあるかのような風潮とも言える。そういう意味で、高木さんを迎えて、ここ日本でついに新たな写真の構造が確立したということなのかもしれない。それともこれがただひとときの流れであり、またすぐに従来の写真に戻っていくのか。いずれにしても、今回の木村伊兵衛賞を鏡にして日本の写真界を映したとき、日本の写真が向かおうとする方向そのものに不安を禁じ得ないのだ。

"MID"や"GROUND"のわかりにくさはどこからくるのだろう。その答えを高木さん自身の言葉からひもといてみた。

これら2つの写真集だけでみれば、従来の写真の価値観でこれらのイメージをみた場合、そこから読み取るものが何もないと感じるか、ある種の違和感を感じるのか、好感をもってみるのか、観たものの知的体験や芸術の経験によって感想が割れるだろう。これらのイメージは、観覧者に何をも説明しないように見えるし、超個人主義的な甲殻をまとった攻撃性の高い言語にも見える、あるいは何ら語らないhieroglyphにも見える、あるいはその混在とも言えるものだ。また、写真がかたくなに守り続けてきた真実性や絵画性、真正性、演出性、娯楽性すら問わない、イメージごとあるいはピクセルの単位で解体し、ある装置の中を通して変換し、重ね合わせるといった方法論を何のためらいもなくあっさりとやってのける新世代のメディアとも言える。その新しいメディアに写真界は注目し、木村伊兵衛賞を授与し、写真の新しいヒロインの出現を高らかに宣言したばかりでなく、その新たなメディアも写真の一部であり、超個人主義やピクセルの変換装置の積極的な使用にまでお墨付きを与えたのだ。

高木こずえさんの"MID" "GROUND"の写真集について、その 「多様性が高評価」を得た、との朝日新聞の報道やアサヒカメラの記事があったが、審査員各氏が上記のことにどの程度言及したかは僕にはわからない。高木さんについてはCanon写真新世紀でのグランプリ受賞作"Insider"での非常に優れたコンセプチュアルな写真活動から、相当に頭のいい人であることはわかっていた。"Insider"だけで評価しても、写真のもつ本来の意味性を非常によく理解しているし、アイデアや戦略に長けていることは一目瞭然である。その後、一連のシリーズを経て"MID"や"GROUND"に到達した経緯は、いろいろな場面で彼女自身が語っているのでここでは詳細は書かない。しかし、基本的に、彼女はパワフルな画像編集ソフトであるPhotoshopの信奉者であり、このソフトウェアを駆使して写真のピクセルを自在に操ることで表現を拡張させているのである。それは引き延ばしたり、分割してはり合わせたり、色彩の変換を行うなどのソフトウエア上の演算によってもたらされるイメージであり、原型としての元写真の表層にあるエレメントにはさほどこだわらず、その背景を注意深く読み取り、高度な思考をもとに必要な部分のみを強調あるいは抽出しイメージを構成するのだ。原型の写真を石の固まりとするなら、Photoshopという半自動化されたノミを使って石を削り次第に形を与えていく彫刻のようなもので、もとの画像にさして意味を認める必要などないのだ、とさえ彼女自身は思っている。どの石がその最終形にふさわしいかは熟考されるが、その石が岩肌から切り出される撮影という行動にはさして意味はないということなのだろう。MIDに至っては、Photoshopで編集した画像こそ少ないと思われるが、高校生であった15歳からの9年間に撮影した写真の中から明らかに意味のある写真を除外し、自身の写真活動に使用したシリーズの写真を除外して、どうしても捨てることのできなかったイメージを残すことで編集した引き算の写真集なのだという。つまり全体から自己と他者とを関連づけるイメージを引き算すると、MIDになる、それこそが自分だと言ってのけるのだ。それが生と死の間、すなわちMIDなのだと。難解ではあるが、説明を受けて理解すると見事なレトリックに思える。そして、これこそがわからなさの原因でもあるある種のSuper Individualismなのである。この写真に他者が入り込む理由などない。写真表現とは、他人が写真を眺めてイメージとの対話をすることで作家の世界観へと導かれ感想を抱く、それを励起するものである、という従来の解釈論がここでは無意味だと宣告されてしまう。作家の意図しているものは、あくまで引き算をした個人的な帰結を自分自身に提示することであり、その最終形は他者に提示はされているが自己の閉じた場以外に何かを語っているわけではないのだ。

顔面を左右に分割し、それぞれを反転合成して右の顔の人格と左の顔の人格を提示するという強烈なテーマとコンセプトを示した"Insider"のシリーズと異なって、それに続くいくつかのシリーズはいわば習作とも言える。このあたりを高木さんにインタビューすると、あっさりとそう認めていた。しかし、彼女の思考のプロセスについては、その習作の制作過程において非常にわかりやすく説明されていく。つまり、撮った写真に向き合う過程でその写真から引き起こされるイメージの背景(何が写っているかではなくその写真が彼女に語りかけるもの。どうしてこの写真が目の前にあるのか)に対する「興味」がトリガーとなって制作のアイデアが生まれてくること。そしてPhotoshopを用いてそのアイデアをいかに作品に結びつけるかという制作の手順への思考だ。表現そのものは絵画やデッサンでもよく、写真である必然性はないと考えている。あるいは、デッサンを写真と重なるレイヤー上に配置してみたりすることでイメージに意味を付け加えることができるのかという思考を繰り返している。イメージとの対話から引き起こされた率直な「興味」に対して問いかけることが彼女の思考の本質だ。その結果、彼女の写真は「興味」から「思考」を経て彼女なりの「結論」に到達し、最終的に出力されたイメージに帰結する。とすると、出力されたイメージは、元の写真の意味性を完全に壊して高木さんの頭の中で再構築したものであり、テーマやコンセプトに上に構築される写真とはそもそも描かれ方が異なるのだ。

写真から「意味のあるもの」を取り除くと何が残るのだろう、それこそが自分なのではないか、という興味への答えとして、テーマやコンセプトを削ぎ落とした結果としての写真の集合和が提示され、彼女のひとつの完成形になり出版に至ったものがMIDだ。この発想は新しいコンテクストたり得るもので、そこまで説明されるとなるほどと思わされる。GROUNDはある種のフォトモンタージュだが、従来のフォトモンタージュではない。モンタージュだとしても、決して写真からある特定の素材をいわゆる「切り絵」のように切り取ったのではないのだという。あくまでもとの画像上のすべてのピクセルは失われていないのだ。それを寄せたり、引き延ばしたり、変換したりしてレイヤーに重ね合わせ、「曼荼羅」という要素を加えて分割し、仕上げられているのだ。ここでも、既にもとの写真の本来の意味性は失われており、最終形としてのイメージにもその要素の一部が記号的ほどにも意味を持たず配置される。あるのは黒い背景に展開あるいは収束される黄金色の落ち葉のように重なった澱で、曼荼羅の法則だけが意味を持つかのように配置されている。背景が黒いか白いかは偶然によって出現したあやのようなもので、その偶然には何か意味があるに違いないから写真集には入れてみた、といったどちらかというと恣意的な理由によるものだ。それほど、実はイメージが制作される過程での思考が大切なのであって、もとの写真とその最終的な形の関係性にさほど意味はないのである。では、僕たちはこの写真集の何をみて感想を抱くなり評価を下せばいいのだろう。いわゆる美学に触れる何かがあるのかというと、この点はいろいろ意見が分かれると思う。MIDにしてもGROUNDにしても、普遍的で理解しやすいもの、つまりアートとして美を定義する上での装置が非常に不安定に見えるので、これらの作品は決して僕たちに寄り添う、身近に感じられるものではないのだ。僕はこれがMID、GROUNDともにわかりにくさの原因になっているように感じられる。

聡明な女性。飾らない素直な若さ。作品を制作する上で写真を眺め思考する時間がもっとも長く、その写真上に見て取れる要素への興味から意味論に到達するという高木こずえさんは、誰が見ても発想の豊かな次世代の写真の担い手だ。発想から制作の過程と思考は論理的で、いわゆる感覚的で女性的な新世代のIndividualismの写真家ではない。

さて、話題を写真の構造の不在に戻そう。

今、日本では写真への不理解やわからなさが話題となり、写真の個人主義的帰結の最たるものとして個人の生活の暴露や個人の内面の表出が流行っている。写真のイベントやポートフォリオレビューの現場で見かけるのは、恐ろしく身近な素材ばかりだ。最も身近なものをさらして点数を稼ぐのがいかにも閉塞する日本の社会情勢そのものを映しており日本的ともいえるものだが、決定的に足りないものが美なり力強さだ。美の教育などこの国にはないし、仕方がないのかもしれないが、本当のところ仕方がないと見過ごしていいのだろうか。例えばヨーロッパに行って、同じような超個人主義的な写真を眺めると、その美しいたたずまいにため息が出る。この違いはまさにアートの歴史と懐の深さから学ぶ態度のあるなしと、アートの地平の見通しの善し悪し(つまり、インフラ。例えば文化予算、教育、システム)にかかっているようにも思える。また、写真のわからなさは写真ファンを増やすことにつながらない。見ていて楽しくもない、新しい驚きもない、美しいとも思えない写真に誰が寄り付くだろう。写真の中心はやはりテーマでありコンセプトで、アートの帰結すべき場所は驚きや美を通じて感動することだということを抜きにしてはいけないと思う。この中心を大切にしないと、写真は訳の分からない個人生活の百貨店のような、バラエティ番組のごとき安っぽい陳列アートに収斂し、写真界そのものが収縮して現代アートの細分化された1カテゴリーからも外されて落ちていくのではないかと思う。そしてそれは既に取り返せないくらい始まっている。その意味で、木村伊兵衛賞に限らず偉大な写真家の名を冠した賞の意味は重いはずだ。「多様性が高評価」などいった曖昧な言葉でしか説明できなかった選考委委員たちの頭脳など知る由もないが、もう少し的確な言葉でこの受賞を説明できていたならこの受賞はもっと単純に広く受け入れられただろう。

日本の写真はこれでいいのだろうか。あふれんばかりの数多くの写真家(と自称写真家)を擁する国。写真家を目指して日々格闘する努力は認めるが、それを体系的に取捨選択し、一部を高い活動を引き上げられるようにするための社会インフラ、すなわち写真賞やコンクールに「芯」がなさ過ぎはしないか。幼少時からの文化、美術教育や、学会などでの体系的学術的な芸術の評価と分類、国立美術館などの写真への適正な予算配分とコレクション形成、評価され検証される評論、海外へ日本の写真を紹介する系統的なシステム、マーケット形成のためのあらゆるクラスの連携と、日本の写真には不在なものが多すぎる。中国や韓国がこれらに気がついて海外から優秀なディレクターを呼び込んでアート界でのプレゼンス向上を図っていることと対照的だ。真の「写真界」を作るタイミングは今しかなく、遅すぎるほどだと思う。写真を含んだアートのインフラは、決して容易ではないが、絶対に形成しなければならないものである。

テーマやコンセプト以上に作品や作品シリーズに染み渡る言語、あるいは非言語的要素など、本当にあるのだろうか。Photoshopによるイメージの編集は好きなだけやっていいということなのだろうか。美は不在でいいのか。そもそも美とは何なのだろう。こういうことを歴史に照らして、あるいはインフラを通じて理解する努力を払わないと日本のアートのプレゼンスは確実に下がっていく。そう感じさせる今回の木村伊兵衛賞だった。

折しも1963年生まれの木村伊兵衛賞写真家3名と写真評論家2名が「写真分離派宣言」なる活動を開始した。写真のアート全体からのプレゼンスの低下に危機感を抱いての活動だ。この活動が生まれた背景も、日本の写真の現在へのいら立ちの表明ということだったかと思う。木村伊兵衛賞写真家がどうしていら立つのか、それはまさに不在の構造にしびれをきらしている、もっと国際的に認知される構造への転換を図るべきだ、写真において何が最も価値を有するのか、何が美で何が強さなのかを皆で考えるべきだ、アートの原則としての美学にもどり、写真のプリントの真正性や伝搬性から人々に美を伝えるべきだ、そういう叫びのように聞こえた。この叫びが伝わるには時間がかかるだろうが、この叫びが伝わるための時間は使った方がいいと思った。
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予告通り、今年は7名の有力な写真家が参加してのグループ展となっています。もちろん、この写真展は家具をリビングルームに見立てて配置する中での展示となっています。今年はブルーの美しいソファと1970年代初頭の英国風ドレッサーを配置し、どちらかというとレトロな雰囲気満点です。こういう部屋に合いそうなモノクロの写真を配置しているのですが、まさに居住空間のように見えると思います。写真ごと、家具も手に入れてしまいたいような衝動に駆られるのではないかと思っています。

壁面にはたくさんの写真作品が展示されていて、それぞれの壁面に異なった雰囲気が流れるよう構成されています。モダンアートもあるしスナップショットやどちらかというとドキュメンタリーな写真も多く、いろいろな選択の余地があるのも特徴の一つです。

すべての作品がお買い求めいただけます。また、作家によってはポストカードや写真集なども持ちこんでこられています。

ぜひ一度お越し下さり、写真作品をご覧ください。そしてお気に入りの作品があればお求めいただければうれしく思います。
IMG_0483.jpg今日、Nadiffで開催された「写真分離派宣言」なる木村伊兵衛賞受賞3写真家(鷹野隆大、鈴木理策、松江泰治)と写真評論家2人(清水穣、倉石信乃、いずれも敬称略)の立ち上げイベントに参加してきた。5人を結びつけるのは、実のところ1963年生まれということ以外には、まあ現代の写真の構造に(あるいは構造のなさに)いらだっているということのようだ。

話の要点はこうだ。

写真の、特に賞やコンテスト界隈に集まる写真の質の平坦さ、そして権威なりパワーが規定していく構造や言いっぱなしの評論などに彼らはこころをいためているという意思表明な訳だ。自己決定型のアートの文脈と構造決定型のアートの文脈で言うなら、自己決定型のアートは習作段階の羅列のようなものでもはや不毛というしかなく、写真の例えばスナップショットを巡る個人情報や肖像権問題などの新しい状況から写真の環境も変化しており、日本の写真を巡る環境はますます厳しくなっている、なんらかの構造に立ち返った方がいい、と言っているような気がした。もしそうなら、その通りだと思う。日本の自己決定は欧米の自己決定とは明らかに異質なものだ。自己責任を伴わない決定は、自己決定とは言わない。

写真が発展か消退のどちらかの方向に向いている、ということを前提にするなら、今回の話はとても説得力のある魅力的な話だった。しかし、ある意味でインフラ不在の構造である写真にとって、発展しているか消退しているかを規定することもまたできない。そんな流れの中でのこの宣言は有効なのか無効なのか、いったいこのメッセージは誰に届くことを期待しているのか、具体的な方法論で語られていた訳ではないので僕はどちらかというとまだ少し懐疑的に見ざるをえない気分でいる。写真分離派宣言の文脈を読み取ることを、写真の構造なき構造はするのか。してほしいとは思うが、今の写真の構造は多分行わないだろう。なぜなら、写真はここ日本ではそもそも構造をなしていないし、突き詰めれば写真に関わる本当に多くの人が、たとえばアーティストは自己の表現を小さなたこつぼ構造の中でぐるぐると自転車操業をしているにすぎないし、担い手もちょっと先の小さな利益だけをもくろんで構造の中に介在しているにすぎないからだ。アートの写真の小さな「面白さ(異質さ)」の発見にいつも莫大な注意が払われる一方で、写真の「面白くなさ(普通さ)」ばかりが無尽蔵に拡大している現状はどうにかならないか。写真がマーケットを含めた外部を循環することなく、閉鎖腔たるたこつぼにとどまったまま無意味な写真を生産し続け、朽ちても成り立っていくエコシステムを構築して安住している写真家や集団をたこつぼもろとも抹消できないか。写真アートとして語られる写真という構造の不毛をこれまでいくらでもmassとして話し合うことができたのに、話し合ってこなかったということではないか。写真というメディアアートを鏡に日本の美的空間の解釈と保全、海外への転写をこそしておけばよかったのに。しかもその構造的瑕疵を、基盤の崩落、教育インフラの不在として見つめていくべきだったのではないか。

写真が現代アートの一分野に自ら名乗り出て下野してしまった構造の中で、今いくら声高に叫んだところで写真は失なった陣地を挽回することはない。アルルでも見聞きしたが、従来の写真はその歴史的な流れの弱さや構造の弱さによって、あらかじめ敷かれたレールを進むがごとくその構造を現代アートのより強い構造に譲り渡してきたあるいはかすめ取られてしまったのだ。それは欧州であれアメリカであれ日本であれ、現代アートとのパワー闘争の前に「写真」というアートともメディアともつかない構造をあてたところで、すでに勝負は決まっていたという文脈なのかと思う。そもそも写真というのは、道具を経由する表現なのだから、その道具の他にない利便性故にアートの構造からみれば表現手段の一つとして落ち着かざるを得なかったのだ。スナップショットの瞬間の美学のみが写真のアートに対する優越性を保持はするものの、写真の真実性はもはやだれもそれを信じるものはなく、写真はふくれあがってはじけたポップコーンみたいにおおざっぱなバレルの底にバターにまみれて沈んでいるだけだ。そこにデジタルだのアナログだのの2次的構造を持ち込んで争ったり、画素数競争をあおるカメラ資本の幼稚なオタクゲームにのせられ、新写真文化がものすごい数の超然的にフラットな、カメラの高度に自動化された装置がなければ何も生み出せない連中を祭り上げたものだから、ある種構造の不在にいらだつ写真関係者の一部が立ち上がらざるを得なかった、というのが真だと思う。スーパーフラットが日本特有の地平だとしても、日本の写真は(欧米と比べて)取り返しのつかない陣地の喪失を経験してしまったし、その陣地は広大なものだ。その中心にぽつんと彼らがいるのであれば、いくら木村伊兵衛賞受賞作家たちであってもうまく行かないだろう。辺縁で中心のなさを心配顔でみている者たちを中心に集め、新しい構造をつくるか、新しい文化を構造する強さを呼び込むことが必要だと思う。その意味で今日「負け戦」(清水穣氏)を挑んだ人たちは果敢で貴重な存在だと確信している。

僕は分離派という人たちが新しい意味のある構造を生み出すことを願っている。フォトセセッションがアート写真の構造を作ったように、日本の今の社会構造をがらりと変えてしまう風を吹かせてほしい。写真のインフラを作る機運を完全に失う前に。もう目前だけど。国立写真大学とか、国立写真美術館とか、そもそも美術の基本教育に写真を組み込む努力とか。僕としても遠く神戸の地でささやかなエールを送りたい。

僕も実をいうと1963年生まれなのです。いらだっていますよ。そりゃもう。

R0015650.JPG昨日須田一政さんを迎えてギャラリートークを開催しました。

神戸はルミナリエが始まり、各地からたくさんの観光客が訪れてにぎわっています。そんななか、須田一政さんがTANTOTEMPOにお越しになり、トークショーを開催しました。

トークショーは須田さんの長い写真生活を振り返る形で、僕が質問し須田さんが応えるという形で進行していきました。

まず、写真家になったいきさつをお話しいただきました。父親の経営されていたスレート工場の配達を手伝いながら、写真を撮って歩いたごく初期の写真をスライドショーで観ながら、その頃の社会やご自身の写真活動をご紹介いただきました。また、いわゆる写真グループにアマチュアとして参加する中で発見したプロといわれる先人たちへの憧れなども紹介され、自然に町にあふれる奇妙な人や景色に惹き付けられていったこと、また写真雑誌の月例の常連となった1970年代初期の写真活動について話されました。なんといっても、その頃は「写真を撮らずにはいられない」ぐらい写真に没頭することとなり、配達のオートバイで行ける東京100km圏内が主戦場であったこと、歩いたり三輪バイクで走りながら撮影を続けた若かりし日々について話していただきました。

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続いて、ある時代、期間に撮影された膨大な数の作品から「風姿花伝」や「物草捨遺」などのシリーズを構成していった過程や、写真集「人間の記憶」を制作し土門拳写真賞を受賞した経緯なども紹介されました。特に、日中シンクロを多用して(なんと80%以上!)撮影するその瞬間の少し前の間合いに見せる人間の奇妙な表情が、確信的に切り取られていくという須田さんのスナップの力強さの秘訣に、僕も含め会場の皆さんが聞き入って感心していました。

現在開催中の写真展の二つのシリーズ「千代田の松」「NUDE」についても説明がなされました。皇居という場所の特性と松の関わりから立ち上がる「気」のようなもの、また一人の女性を長い年月をかけて撮影することの意味について説明がなされました。皇居という特別な場所と歴史的な背景がカメラを携えて向かわせるとの説明はとても説得力のある言葉です。また、女性の肉体が次第に変容することを、自身の視線や感覚の変容とともに受け入れて撮影したNUDEのシリーズにこそ、写真の本質的な力があるのではないか、と話されました。

写真集「民謡山河」(冬青社、2007年)の力強さも特筆に値します。これらのイメージが、民謡をベースにした、旅から構成され撮影されたというものだということが紹介されました。しかし、撮影の方法やどのような光景に惹き付けられるかはまったく以前と変わらない、こういうものは終生変わらないものなんだ、と力強く話され、トークショーは終了しました。

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トークショーには現在も教鞭をとられている大阪芸大の写真学科の卒業生や、自身の主催する写真グループである須田塾の方が多く参加され、須田さんを囲んでレセプションも開催されました。

写真展は今日までですが、さらに須田作品の紹介ができる別の機会が持てればと思っています。