最終日らしく、浅田政志さんのトークショーが開催されたり、各所でレビューが盛んに行われていた。
僕も公式にレビュアに選ばれていたため、最終的に優秀者を一人選ばなければならず、3日間の間に様々に迷い考えに考えを重ねた。いろいろな選択を気ままな性格からさっさと決めてしまう普段と違って、やはり相手がいること、またその相手といずれ組んでお仕事をする可能性があることをふまえて、少し判断に迷いが生じたのだと思う。
結論から言えば、今回の写真イベントでは多くの種がまかれていたと思う。しかし、まだ芽がさほど出ず、それが真正のアートかどうか、僕には読み取れないものも多かった。僕はかなり素直にアートのフィールドに飛び立つ作家を探していたし、いくつかの種はおそらくアートの世界に入ってくるのだと思えたのだが、確信が持てなかった。これも僕の経験の浅さが原因なのだと思う。後で関係者と話すうちに、例えば彼らの年代(20台になるかならないか)への不理解と偏見(僕の経験した時代とは異なること)があること、あるいはそれらの青い時代に彼らが感じるであろう大人社会に対する怒りや鬱積する不安があるにせよ、表現者としてこれほどまで陰湿で暗惨たるイメージを、それも一人や二人ではなく多くの若い写真家が描いていることを知ると、もはやこれらのイメージを正視できないような気がしたのだと思う。表現というよりも、直接的で粗野で容赦ない攻撃のようにも感じられたものもあった。そしてそれもまたアートへの原動力になるに違いないパワーであることに次第に気づいて、僕の混乱は3日間にしてやっと静まっていったのだと思う。
これらの最若手の写真家の中にアートをにらんで興味深い写真家がいた。彼女は、人物と人物の所作に意図的にある「状況」を作り出し、あるいはある「状況」から何かを読み取り、それを撮影している。チープな布やマスク、プールの水の中に死体のように浮かぶ人物、といった具合に、それぞれに脈絡のない不気味な世界が広がっている。彼女の世界は怒りに満ちたものではない。むしろ、「状況」そのものが撮影されたモデルからあらゆる幸福感をそぎ落としているように見えるのだ。それを冷徹に見せているだけ、そんな写真なのだと僕は解釈して面白いと思った。(Gallery Out of Place選出、digmeout選出)
ある写真家は、人が生誕することと現実として迎える混沌とした世界を構成した一連の写真を紹介していた。当初、僕はこの構成に強い違和感を感じていたのだが、作品を繰り返し見るうちに次第にそのストーリーの全貌が見えていくるようになった。彼がレビューの際に説明してくれた構成について、僕は違和感を感じた点を率直に伝えてみた。生命の誕生を描く主軸にあるストーリーに、脈略のないイメージがおとし込まれているため感じた混乱を単純に思っていることとして伝えてみたが、そうではなかった。いろいろに解釈される隙間を与えつつ、ストーリーとしては一貫しており、脈略がないように見えたイメージも構成上必然的にそこにあるものだと気づかされた。
ロシアで撮影した6−7枚の写真を横一列に並べた作品は、すでにアートの領域にあったと思う。女性の顔から始まり、ヘリ、原発、口元を縛られたイヌ、農薬を散布する航空機、とくると基本的にテーマは「不安」かその界隈かと思う。一連のイメージが呼応し合い、不安を煽っていく方法はわかりやすく誰にでも同じようなメッセージを伝える。技術ではなく、画でストーリーを見せている点で高評価であった。イメージの質、トーンも均質で良かった。
奈良県の神聖なる森に入り、木の根を撮影した力作もあった。テーマも大きくなる可能性はあるし、プリントも好感が持てたが、コントラストに抑制をとりすぎたのか、構成が弱いような気がした。しかし、力作だった。もっと抑揚があってもいいのではないかと思った。
映画を見ているような不思議な感覚を憶えた写真家がいた。実際、彼には映像の経験があり、モデルや小道具である拳銃を使って非日常的な光景を映し出していた。それぞれのイメージは青を基調とした比較的暗い夕刻のトーンに落とし込まれていたが、イメージがあまりにもクリアで、不安を覚えさせるわけでもなく、平坦に思えた。展示にシナリオが二つ描かれており、それぞれが呼応するでもなく並べられていたためか。ポートフォリオにはもっと強い作品もあり、もう少し作り込むと面白いと思った。
オーストラリアの海岸沿いの街を撮影した作品の彼は、極めて完成度の高い作品を展示していた。うらぶれた感はあるものの、基本的に開放的で明るい色彩の家々の並ぶ街を、彩度を落とす手法で表現している。2−3余分なイメージがあったため作風が緩く感じられたが、これらのイメージを取り除くと全体的に締まって見えるようになると思われた。作品性は高く評価されるものの、手法も含めてまだ独自性に弱く、作家性という点でもう少し作り込む必要があるように感じられた。しかし、将来が楽しみな作家だと思った。(一般選出Top10)
モンゴルの旅の撮影をしていた写真家は、瑞々しい明るい写真が好感が持てた。旅の写真であるが、現地の人々と暮らしを共にし、彼らとの結びつきがいい表情を引き出していた。彼女とも直接話すことができたが、より多くの写真を見てみたいと伝えた。彼らの生活やそこにある様々なモチーフをよりたくさん取り上げられるようになるとすぐれたドキュメンタリー作品になり得る力量があると思った。(一般選出Top10)
こういうイベントでは、新しい表現を発掘する、という観点から写真家を選ぶ傾向があることはわかっていたため、digmeoutの皆さんのセッションで「見たこともない写真」として最初に述べた写真家を選んだ時点で、僕はある意味で正統派の表現を取り上げてみようと思っていた。あるテーマ・コンセプトを決め、そのテーマに結びつく整ったモチーフを選んで丁寧にストーリーを紡いでいく手法かと思う。最近の表現者は、先にも述べた通り感情に任せて写真活動を行う傾向が強い。そこで、その正反対の方法をとって作品性、作家性を出そうと試みていた写真家を最優秀とした。
なかがわれいこさんの作品は、年老いた祖母の肖像である。いずれ失われていくはずのこの老いた女性の残された時間に光を当てる。モチーフとなる作品の構成部品はすべてこの老人の古くからの伴侶であり、彼女の慎ましやかな生活の一端が丁寧に描き込まれていく。硬調なトーンとそれを導きだす光線の使い方、テーマを描く上で有効なモチーフの選択。さらに、写真活動が浅いにも関わらずダークルームでの活動がよく、グリッドに並べられた全体の構成も大変わかりやすく良かった。
テーマは未だ小さく、極めて個人的な体験の表出にとどまっているが、全体のまとまりは極めて高いものだった。最終的に、正統派の表現としてはモンゴルのシリーズの写真家と競り合ったが、今後の作品作りの軸足をどこに置くかによって期待が持てる写真家なのではないかと考え最終的に最優秀とした。なかがわさんには来年の銀塩モノクロームのグループ写真展参加とポートフォリオから作品販売につなげられる仕組みを提案したい。なお、なかがわさんは一般来場者の選出写真家Top10にも選ばれていた。
何名かの写真家にはTANTOTEMPOの活動を紹介し、マーケットの勉強を提案してみた。これは写真家とギャラリーが一緒に勉強しなければならないことで、意識するかしないかで作品作りにも大きな影響がある。
今回のイベントに参加し、上記の以外にもたくさんの写真家と話すことができた。話をしたすべての写真家が表現者であり、それぞれにすばらしい作品を作っていた。一方で、心配していた通り、日本の若い写真家の視野は狭い。現代の日本の写真表現の流行からか、個人的な感情や体験が積み上がっていくことを表現だと信じている。テーマの描き方も窮屈で、表現も窮屈、せっかくスペースを買い取っているのに、有効に使いきっている写真家は少なかった。ただきれいな写真を並べるだけの作家性のない緩い表現はもはや飽きられているのか、さほど多いとは思わなかった。大きなテーマを紡ぐことを若いうちこそ一度は経験しないと、大陸の写真家にスケール、フィールドの大きさで劣ってしまう。海外の写真家の写真集をどこまで解釈しているのか。そもそも見ているのか。また、作品を見てもらう、という最低限の目標に終始し、展覧会のための作品作りにとどまっているケースも多いように感じられた。さすがに、写真を始めて間もない写真家に写真の値段をつけろ、というのは酷だと思うが、個展やマーケットを意識した視点というのも若いうちに養っておいて損はない。これは僕のようなギャラリーの立場で今後さらに発言していくべきだと思った。
3日間、長すぎるほどCASOに滞在したが、いい経験になった。テラウチマサト氏、メリケン画廊の木下氏はじめ多くの関係者の願いは、TANTOTEMPOの願っていることとさほど違わない。すべての写真活動の底上げと閉塞感のある写真活動におけるキャリアデザイン、写真マーケットをにらんでのことだと思う。ただ、日本全体で見た時、どれほどのものがどれほど強くこれらの事柄にコミットするか、僕にはまだ見えてこない。本気でやればあっという間に変えられる気もする。カメラメーカーをこれほど抱えるお国柄、メーカーブースでは写真家の写真活動を応援する仕組みを教えて欲しいと問いかけたところ、自社商品の販促がかなわないイベントには関与しないと明言していた。なんという情けない経営理念だろう!表現者を生み出すだけ生み出しておいて!もちろん、言い分はわかる。彼らとて写真文化にはコミットしているのだ。表現者を名乗るものがそれを受け取るものの数を遥かに上回り次々と生まれるこの日本で、写真が真正なアートとして育ち、努力したものが報われる仕組みが育つためには、やはりもう少し時間がかかるのだろうか。写真家・写真愛好家だけが集まりお互いを評する写真イベントはあってもいいがもうたくさん、これらが広く一般に広がり賑わう日が来ることを切に願っている。TANTOTEMPOも、苦しい所帯ながら、精一杯このアイデアに邁進したい。
最後に、ギャラリー開設わずか1年半の経験の少ないギャラリーに声をかけてくださったテラウチマサトさん、ご案内をいただいたCMSの武中さんはじめみなさん、メリケン画廊の木下さん、クキモトさん、お忙しい中わざわざTANTOTEMPOに足を運んでくださったPHaTPHOTO編集部の牛島さん、丁寧な連絡をいつもくださった今中さん、面白い視点を投げかけてくださったdigmeoutのみなさん、スタッフの皆さま、本当にご苦労様でした。
ノモトピロピロさんとの出会いには特に衝撃を受けました。浅田政志さんとの再会はとてもうれしかった。一人でぽつんと昼食をすすっているときに声をかけてくださった。北義昭さんはちらっと目でご挨拶しただけでしたが、またゆっくりお話ししたいです。メリケン画廊の木下さん、改めてご挨拶にうかがいます。
参加された写真家のみなさん、おつかれさまでした。ありがとうございました。

杉山様
真摯な意見をありがとうございました。
大変勉強になります。テラウチマサト
会場では、いろいろと貴重なお話ありがとうございました。
また、ブログにも取り上げていただきほんとうにありがとうございました。
神戸のギャラリーにもうかがわせていただきます。これからもどうぞよろしくお願いします。
テラウチマサトさま、コメントありがとうございます。大変お世話になりました。とても有意義な時間をいただき、感謝しています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ホイキシュウさま、こちらこそいい作品を拝見し大変勉強になりました。ギャラリーの方にはまたいつでもお越し下さい。基本的に土日しかおりませんし最近はばたばたといないこともありますので、できればご連絡の上お越し下さい。同郷とは面白かったです。
杉山様
3日間、いつも真剣に作品を見てくださり、
たくさんの出展者さんにアドバイスされている姿は本当に素敵でした。
本当にありがとうございました。
様々なアドバイスを頂き、とても勉強になりました。
今度また関西に行く際には、ギャラリーに必ずお邪魔させて頂きたいと思います!
竹中さま、コメントありがとうございました。
このたびは大変お世話になりました。細やかにご配慮いただき、またいつも笑顔でご対応くださりありがとうございました。心より感謝しております。
またいずれ写真界隈でお目にかかれることを楽しみにしています。ギャラリーへはぜひお越しください。
杉山さま
昨日から、何度も何度も読み返しておりました。言葉が浮かんでは消え、のくりかえしです。
まずは、近いうちにギャラリーにお邪魔します。実はとても近所なのです。
モンゴルの写真は、私はあの会場の中で一番好きなものでした。
私の作品は「なかがわれいこ」という作家名の下に、メリケンの木下さんや講師陣の協力の下に完成したものだと思っています。
これから先、この作品、この作家がどのように育つのかを、時に楽しみ、時に悩み、しっかり向き合っていきたいと思います。
なかがわさま、コメントありがとうございます。写真展おつかれさまでした。すばらしい作品、またギャラリーでも拝見したいと思います。ギャラリーには写真集ライブラリーもありますので、いつでもご利用ください。お見せしたい写真集がいくつかあります。
杉山様。
会期中、お話出来たのは僅かな時間だったのがとても残念です。あの日の真摯なレビューは僕にとってとても貴重なものでした。僕自身感じていたものと課題を改めて咀嚼し、あれから5日。4メートル幅での展示を想定して、再プリント再構成しました。自分の中のモヤモヤが消えたのは、会期中には気が付かなかった作品本来の姿になったからだと思います。これがどうなるかは、皆目分からないですが、動きがあったらまた報告させていただきます。ありがとうございました。
杉山様
御苗場会場では、一緒に会場を回らせて頂き、有難うございました!
(コメント入力が遅くなり、申し訳ございません!)
ギャラリストの方から直にお話を伺う機会というのは
本当に貴重で、大変勉強になりました。
近いうちに是非、ギャラリーにお邪魔したいと存じます。
宜しくお願い致します。