ふせ直樹写真展が終了しました。
3週間にわたって開催されたふせ直樹写真展が昨日終了しました。写真展は大変好評で、13作品が販売されるなど、ギャラリーとしても思いがけない反応でした。また想定していたこととはいえ、今までの写真展と違って、幅広い年代の方が訪れてくださったのもよかったと思います。
ふせさんの作品世界やテーマ、コンセプトは、実は「お祭り」ではないことはご覧になった方にはおわかりいただけたと思います。「お祭り」は彼のフットワークがもたらすモチーフの一つにすぎないのです。彼の作品は、じつは現代の日本の深い部分に巣食う他者に対する無関心や厭世観、個の社会への不参加を告発する視線でもあるし、閉塞する日本の社会への応援歌でもあるのだと思います。彼の視線の先には常にひとがいて、その人々はそれぞれにもがいてはいるけれど、決して暗いものばかりが社会を支配しているのではなく、伝統に基づいた強いこころが確かにまだ日本にはあるのだというメッセージだと思います。「人は塵になって土に返っていく」という彼が日頃考えていること、今生きている刹那を大切にしなければあまりにも短いひととして生きる時間。こんな考えを込めて、「お祭り」で最高潮に達した人々の狂ったように踊っているさまを切り取っている、そんな写真なのです。
ふせさんとの出会いは、僕たちにとっても鮮烈でした。お金もない、暮らしの本拠がない、プリントしたりカメラを新調することもできない若者が、ある日写真をコピー用紙にプリントしてあるカメラ系雑誌社に持ち込んだところから一連のストーリーが始まりました。あらゆるギャラリー、出版社に冷たくあしらわれた後のことです。独特の風貌、またコピー用紙などを持ち込むなど、普通には考えられないことも、おそらく反発もあったのだろうと想像できます。雑誌の編集者はこの写真家のイメージを見て驚いたといいます。イメージの質感やコンセプト重視の写真家があふれる日本に、まだこんな素直な写真家がいたのか!と小躍りした様子を直接僕たちの前で話してくださいました。結局、彼の写真はアサヒカメラ巻頭ポートフォリオに掲載され、母校(一般大学)での展覧会、そしてTANTOTEMPOでの写真展につながっていったのです。僕が彼の作品を取り上げようと思った理由も、基本的にこの編集者と同じ考えからです。ずっしりと重いコピー用紙のポートフォリオをひもときながら、がつんと頭を後ろから殴られたような衝撃を受けたのです。イメージは粗雑ですが、アイデアはとてもパワフルで、もっと写真を眺めたいという衝動に駆られました。
ところが準備がとても大変でした。タイトルやコンセプトが決まったのは早い段階でしたが、2−3000枚のイメージを眺めて構成を考えても、彼の特徴を提示し得る写真展のアイデアが思い浮かびません。「祭り」は写真展の中心的なモチーフに使うことは決まっていましたが、撮影されたカットの他のモチーフがバラバラで、あるアイデアでまとまりを作るのが難しそうでした。一つには、そもそも古いデジタルカメラで撮影されたこれらの写真は、展示に耐え得る解像度も階調も持ち合わせていないし、ノイズだらけだったのです。僕は頭を抱えてしまいました。
しかし、よく考えてみると、これらの写真はレタッチで無理に整えるよりそのまま展示する方がいいのではないか、数を限定させてしまうよりできるだけたくさんの写真を提示する方がいいのではないか、と最終的な展示のアイデアが決まりました。写真展開催4日前のことです。
ふせさんが活躍できるフィールドのことを考えています。ギャラリーとして彼を応援する立場から、彼が今後どのような写真活動を行っていくのか注目していこうと思っています。素直さはこのままに、イメージの質は高めて、しばらくは放浪を続けるのだろうと思います。鋭い視線で日本の社会を見る姿勢を持ち続けることができれば、彼は間違いなく日本の写真界に必要とされる写真家になるものと確信しています。13枚ものイメージを買い上げてくださったのは、彼への応援に他なりません。
どなたか、彼に高画素のデジタル一眼のお下がりをおゆずりくださいませんかね?