昨日、萩原義弘さんのトークショーがTANTOTEMPOにて行われました。
このトークショーには、出版社冬青社の高橋代表も参加され、写真家萩原義弘を"丸裸"にするという試みがなされました。
まず、高橋さんから萩原さんが写真を撮るきっかけとなった夕張炭鉱の1981年の悲惨な事故ついて説明がありました。この事故では93名の死者が発生したのですが、その事故発生と資本の炭鉱事業からの撤退などが微妙にリンクしているという事実、さらに資源構造の抜本的な変革によって、炭鉱の存在意義が次第に失われていく過程で起こった事故と、その現場に赴いて撮影をした学生/写真家としての萩原さんがどのようにこの事実に向き合ったかが紹介されました。ここに萩原さんの写真家としての原点が見いだされるのです。
報道にいて様々な現場の撮影をする傍ら、炭鉱や鉱山に出向いてその衰退の歴史をたどったシリーズが積み上げられていく様子が紹介されました。これは萩原さんの初めての写真集「巨幹残栄−失われた日本の廃鉱」の出版へとつながる優れたドキュメンタリーシリーズとなるのです。日本の屋台骨をささえた幹とさえいわれた強大な石炭資本と、その資本を失った後の炭鉱とその周辺の町の衰退にどのようにカメラを向けていったのかが紹介されました。
ここで、ドキュメンタリー写真の定義がなされました。スナップ写真が中心の写真集との対比がなされ、スナップ写真が情景の一瞬をとらえた写真であるのに対しドキュメンタリーがある明確なテーマ、コンセプト、モチーフから構成されている作品であるとの説明がなされました。萩原さんの写真が優れたドキュメンタリーであるということが説明されました。
次に、"SNOWY"という写真集のもとになる一連の写真展について紹介がなされました。SNOWYの芽は「巨幹残栄」に既に含まれていて、雪をモチーフとしてシリーズが構成されていった経緯が萩原、高橋両氏から紹介されました。
最後に、これからの萩原さんの写真活動について萩原さん自身からお話をうかがいました。ライフワークと巡りあったのは幸運であり、ラーフワークの言葉が示す通りやはり廃鉱やSNOWYのテーマはずっと続いていくのだと話されていました。一方で、これらの作品の裏側にある炭坑労働者や町の様子をとらえたスナップなどもあり、また違った角度から廃鉱の歴史を辿るストーリーが構成されていく可能性について言及がありました。
ギャラリーからは、TANTOTEMPOが萩原さんの写真展を企画した理由と位置づけについて説明しました。
TANTOTEMPOが萩原さんの写真展を開催したきっかけはやはり写真集"SNOWY"が始まりです。この写真集に収録されているいくつかのイメージを見たとき、率直に感じた驚きが原点だと思います。僕は、廃墟と雪の強烈なコントラストにまず魅了されました。廃墟というモチーフと雪というモチーフが重なったとき、炭鉱や鉱山を巡る歴史的な変遷がより強調されていくのがわかったからです。廃墟というのは、およそ人の作り上げたものは未来永劫続くものなどないのだということを僕たちに教えてくれるし、雪という毎年必ず降り続ける自然現象は、天変地異が起こらない限り毎年廃墟に侵入し浸食を繰り返していくのです。ドキュメンタリーとして描かれていくのはこの厳粛な事実ではあるのだけれど、イメージの本質はこれらの二つのモチーフが均整を保ちながら競合せず寄り添っていることだと考えています。これらのドキュメンタリー作品をアート作品として扱いうるのは、この一点につきます。
"丸裸"にされた萩原さんは、高橋さんとともにトークショー後も若手写真家やTANTOTEMPO来廊者と歓談され、大変に盛り上がった一日でした。

冬青社の高橋社長、写真家の萩原さんのお人柄や写真と向き合う気持ちに
接することができ、とてもワクワクする時間でした。
特に高橋社長の「関係性」という単純明快な言葉は印象的でした。
私には相手からの波動を受け取るには、
まず全感覚を開き、先入観も切り捨て、
敏感なレーダーになること。
被写体とのたとえ数秒の瞬間の出会いであったとしても、
見えないもの、聞こえないものも含めて感じ、撮り、表現する。
私にはそのように聞こえました。
information:
高橋社長のブログにTANTOTEMPOが紹介されています。
http://www.tosei-sha.jp/
先日はありがとうございました。
萩原さんと高橋さんとのトークショー、その後の議論にふれ、僕たちの立ち位置がわかったような気がするし、僕が感じるごく初めの率直な感動が実は一番大事なものなのだと再認識しました。僕はまだ高橋さんの足下にもおよばぬほど経験はないし、まだいろいろな力学から離れたところにいるのだけれど、実は裏返せば一番観客に近い位置にいるとも言える訳です。気に入らなければ膨大な時間を使って築いてきたものを裁断してしまう、僕はこの点がとても印象的でした。僕がTANTOTEMPOという舟を漕いでいる以上、水面から拾い上げるもの、水に投げ込んでしまうもの、取りこぼしてしまうもの、いろいろあると思いますが、それがとても楽しみです。座礁せず、流されず、いつかもっと上流にさかのぼっていきたいですね。「関係性」というのは、こういうことも含めてのお言葉だと思いました。